血糖値調節の代謝経路|インスリンとグルカゴンの拮抗作用

血糖値調節の代謝経路|インスリンとグルカゴンの拮抗作用

私たちの血糖値は、常に一定の範囲内に保たれています。健康な人の空腹時血糖値は70-100mg/dLで、食後でも140mg/dL以下に抑えられます。この精密な調節を担っているのが、膵臓から分泌される2つのホルモン、インスリンとグルカゴンです。インスリンは血糖値を下げる唯一のホルモンで、グルカゴンは血糖値を上げるホルモンです。まるでアクセルとブレーキのように、この2つが協力して血糖値を安定させています。

驚くべきことに、血糖値の調節は24時間休むことなく続いています。食事の後はインスリンが働いてグルコースを体に貯蔵し、空腹時や睡眠中はグルカゴンが働いて貯蔵したグルコースを取り出します。この記事では、インスリンとグルカゴンがどのように分泌されるのか、それぞれがどんな代謝経路を制御しているのか、そして血糖値を安定させるための実践的な方法について、分子レベルから詳しく解説します。

目次
  1. 膵臓の構造とホルモン分泌のしくみ
  2. インスリン分泌の2段階パターン
  3. インスリンが活性化する3つの代謝経路
  4. グルカゴンが活性化する2つの代謝経路
  5. インスリンとグルカゴンの絶妙なバランス
  6. 血糖値の1日の変化パターン
  7. 運動時の血糖調節
  8. 糖尿病|血糖調節の破綻
  9. インスリン抵抗性が起こるしくみ
  10. 血糖値を安定させる栄養素
  11. 血糖値を安定させる食事法
  12. よくある質問
  13. まとめ
  14. 次に読むべき記事
  15. 参考文献

膵臓の構造とホルモン分泌のしくみ

膵臓の2つの顔

膵臓は胃の後ろに位置する長さ15-20cmの臓器で、2つの全く異なる役割を持っています。1つ目は消化酵素を分泌する「外分泌機能」で、アミラーゼやリパーゼといった消化酵素を十二指腸に送り出します。2つ目はホルモンを分泌する「内分泌機能」で、血糖調節に関わるインスリンやグルカゴンを血液中に放出します。

血糖調節ホルモンは、膵臓内に散らばっているランゲルハンス島という細胞の集まりから分泌されます。ランゲルハンス島は膵臓全体のわずか1-2%を占めるに過ぎませんが、約100万個も存在し、血糖値を常に監視しています。

ランゲルハンス島の細胞たち

ランゲルハンス島には5種類の細胞がありますが、血糖調節の主役は2つです。

  • β細胞(約70%):インスリンを分泌する細胞。血糖値が上がると活発に働く
  • α細胞(約20%):グルカゴンを分泌する細胞。血糖値が下がると活発に働く
  • δ細胞、PP細胞、ε細胞(残り10%):その他のホルモンを分泌

つまり、ランゲルハンス島は「血糖値を監視する小さなセンサー」のようなもので、血糖値の変化に応じて瞬時にホルモン分泌を調整しています。

インスリンが分泌されるしくみ

食事を摂って血糖値が上昇すると、以下のプロセスでインスリンが分泌されます。

  1. 血液中のグルコースがβ細胞内に入る(GLUT2という運搬役を通って)
  2. グルコースがエネルギー(ATP)に変換される
  3. ATPがカリウムチャネルを閉じる
  4. 細胞膜が脱分極し、カルシウムチャネルが開く
  5. カルシウムイオンが細胞内に流入
  6. インスリンを含む袋が細胞膜と融合し、インスリンが血中に放出される

このプロセスは血糖値上昇後、わずか2-5分で開始されます。つまり、β細胞は「血糖値の上昇を感知してすぐに反応する、非常に敏感なセンサー」なのです。

インスリン分泌の2段階パターン

インスリンの分泌は、食事による血糖値上昇に対して2段階で反応します。まるで「すぐに出動する消防車」と「後から到着する応援部隊」のような関係です。

第一相分泌|すぐに動く初動対応

血糖値上昇後2-5分以内に始まり、約10分間持続する急速な分泌です。これは既に作られてβ細胞に蓄えられていたインスリンが即座に放出される反応で、食後の急激な血糖値上昇を抑えます。第一相分泌がしっかり機能している人は、食後血糖値スパイク(急激な血糖値上昇)を起こしにくくなります。

第二相分泌|持続的な援軍

第一相分泌の後から始まり、血糖値が高い間ずっと持続する緩やかな分泌です。これは新たにインスリンが合成されながら分泌される反応で、第一相よりゆっくりですが長時間続きます。健康な人では、第二相分泌によって食後2-3時間かけて血糖値が正常範囲まで下がります。

つまり、インスリン分泌は「即効性の第一相」と「持続性の第二相」の2段構えで血糖値をコントロールしています。2型糖尿病の初期段階では、この第一相分泌が失われることが特徴的で、食後血糖値スパイクの原因となります。

インスリンが活性化する3つの代謝経路

インスリンは全身のほぼすべての細胞に作用し、血糖値を下げるための複数の代謝経路を同時に動かします。主な作用は「グルコースを取り込む」「グルコースを貯蔵する」「グルコースを作らせない」の3つです。

①グルコースを細胞内に取り込む

インスリンは筋肉細胞と脂肪細胞において、GLUT4というグルコースの運搬役を細胞膜表面に移動させます。通常、GLUT4は細胞内の倉庫に隠れていますが、インスリンの指令で表面に現れ、グルコースが細胞内に入れるようになります。この作用によって、グルコースの取り込みが10-20倍に増加します。

筋肉細胞に取り込まれたグルコースは、主にエネルギー源として使われるか、グリコーゲンとして貯蔵されます。脂肪細胞に取り込まれたグルコースは、脂肪酸合成の材料となります。インスリンがない状態では、筋肉と脂肪細胞はグルコースをほとんど取り込めません。

一方、脳や肝臓、赤血球などはインスリンに依存しない運搬役(GLUT1やGLUT3)を持っており、血糖値に応じて常にグルコースを取り込めます。特に脳は1日に約120gのグルコースを消費し、これは全身のグルコース消費量の約20%に相当します。

②グルコースをグリコーゲンとして貯蔵する

インスリンは肝臓と筋肉において、グリコーゲン合成を促進します。グリコーゲンはグルコースが鎖状に連なった貯蔵形態で、肝臓には約100g、筋肉全体には約400g貯蔵されています。まるで「グルコースの貯金」のようなものです。

食後、インスリンの作用によってグルコースの約50%は肝臓でグリコーゲンとして貯蔵され、約30%は筋肉でグリコーゲンまたはエネルギーとして利用され、残りの20%は脂肪細胞で脂肪に変換されます。グリコーゲン貯蔵量が満杯になると、余剰なグルコースは脂肪合成に回されます。

興味深いことに、肝臓のグリコーゲンは血糖値維持のために分解されて血中に放出されますが、筋肉のグリコーゲンは筋肉自身のエネルギー源としてのみ使われます。つまり、肝臓は「全身のためのグルコース貯蔵庫」で、筋肉は「自分専用のエネルギータンク」なのです。

③グルコースの新規合成を止める

インスリンは肝臓での糖新生(とうしんせい)を強力に抑制します。糖新生とは、グルコース以外の物質(アミノ酸、乳酸、グリセロール)からグルコースを作り出す代謝経路です。空腹時や睡眠中には糖新生によって1時間あたり約5-10gのグルコースが作られ、血糖値が維持されます。

食後に外部から十分なグルコースが供給されている状態で、体内で新たにグルコースが作られると血糖値が上がりすぎてしまいます。インスリンは糖新生の律速酵素の遺伝子発現を抑制することで、この無駄な生産を止めます。

つまり、インスリンは「グルコースを取り込む」「貯蔵する」「作らせない」という3つの作用を同時に行うことで、食後の血糖値を効率的に下げています。

グルカゴンが活性化する2つの代謝経路

グルカゴンはインスリンとは逆に、血糖値を上昇させます。空腹時や運動時に血糖値が70mg/dL以下に低下すると、膵臓のα細胞からグルカゴンが分泌されます。グルカゴンの主な標的は肝臓で、肝臓におけるグルコース産生と放出を促進します。

①貯蔵していたグリコーゲンを分解する

グルカゴンは肝臓のグリコーゲンを分解し、グルコースを血中に放出させます。肝臓には約100gのグリコーゲンが貯蔵されており、グルカゴンの作用で分解されると1時間あたり約10gのグルコースが血中に供給されます。

ただし、肝臓のグリコーゲンは12-18時間の絶食で枯渇します。一晩寝ている間に、肝臓のグリコーゲンの多くは使い果たされ、朝起きたときにはかなり減っています。朝食を食べることで、再びグリコーゲンが補充されます。

②アミノ酸や乳酸からグルコースを作る

グルカゴンは肝臓での糖新生を強力に促進します。長時間の絶食や糖質制限食では、糖新生が1日あたり約150-200gのグルコースを産生します。このうち約80%は脳のエネルギー源として使われ、残りは赤血球や腎髄質などで消費されます。

糖新生の主な材料は、筋肉から供給されるアミノ酸(特にアラニンとグルタミン)、筋肉や赤血球から供給される乳酸、脂肪分解で生じるグリセロールです。グルカゴンは糖新生の律速酵素の遺伝子発現を促進することで、これらの材料からグルコースを効率的に合成します。

つまり、グルカゴンは「貯蔵していたグリコーゲンを取り出す」「新しくグルコースを作り出す」という2つの方法で、空腹時でも血糖値を維持しています。

インスリンとグルカゴンの絶妙なバランス

インスリンとグルカゴンは、血糖値に対して正反対の作用を持つだけでなく、互いの分泌を調節し合っています。まるでシーソーのように、一方が上がれば他方が下がる関係です。

血糖値による分泌調節

血糖値が上昇すると、β細胞からインスリンが分泌されると同時に、α細胞からのグルカゴン分泌が抑制されます。逆に、血糖値が低下すると、グルカゴン分泌が促進され、インスリン分泌が抑制されます。

この調節は、ランゲルハンス島内での細胞間コミュニケーションによって行われています。β細胞から分泌されたインスリンはα細胞のインスリン受容体に結合し、グルカゴン分泌を抑制します。また、β細胞から分泌される亜鉛イオンもα細胞のグルカゴン分泌を抑制します。

I/G比という重要な指標

健康な人では、インスリンとグルカゴンの比率(I/G比)が血糖調節の重要な指標となります。食後はI/G比が高くなり、グルコースの貯蔵とエネルギー利用が促進されます。空腹時はI/G比が低くなり、グルコースの産生と放出が促進されます。

2型糖尿病では、インスリン分泌不全とインスリン抵抗性によってI/G比が低下し、食後でもグルカゴンの相対的な作用が強くなります。これによって、肝臓からのグルコース放出が抑制されず、食後高血糖が増悪します。実際、2型糖尿病患者では食後のグルカゴン濃度が健常者より高く、これが食後高血糖の一因となっています。

つまり、インスリンとグルカゴンのバランスが崩れると、血糖値の調節がうまくいかなくなり、糖尿病につながります。

血糖値の1日の変化パターン

血糖値は24時間を通じて、食事、運動、睡眠などの影響を受けて変動しますが、健康な人では70-140mg/dLの範囲内に保たれます。この調節は、インスリンとグルカゴンの分泌パターンが時間帯によって変化することで実現されています。

食後|同化モード

時間 血糖値 インスリン グルカゴン 体の状態
食後30-60分 ピーク(~140mg/dL) 最大分泌 最小分泌 グルコースを貯蔵
食後2-3時間 低下中(~100mg/dL) 徐々に減少 徐々に増加 貯蔵継続

食事を摂ると、消化吸収されたグルコースが門脈を通じて肝臓に到達し、その後全身に分配されます。血糖値は食後30-60分でピークに達し、健康な人では140mg/dL以下に抑えられます。この時期は、インスリンが最も多く分泌される同化状態です。

肝臓は門脈血中のグルコースの約30-40%を取り込み、グリコーゲンとして貯蔵するか、エネルギーに変換します。残りのグルコースは全身循環に入り、筋肉と脂肪細胞に取り込まれます。

空腹時|異化モード

時間 血糖値 インスリン グルカゴン 体の状態
食後4-5時間 空腹時レベル(70-100mg/dL) 基礎レベル 増加 貯蔵から取り出す

食後4-5時間が経過すると、食事由来のグルコースはほぼ完全に吸収され、血糖値は空腹時レベルの70-100mg/dLに戻ります。この状態では、インスリン分泌は基礎レベルまで低下し、グルカゴン分泌が相対的に増加します。これによって、体は貯蔵したエネルギーを使う異化状態に切り替わります。

肝臓はグリコーゲン分解と糖新生によって、1時間あたり約5-10gのグルコースを血中に放出します。このグルコース産生速度は、脳や赤血球などのグルコース消費速度とほぼ一致しており、血糖値が安定して維持されます。

睡眠中|糖新生が主役

時間 血糖値 インスリン グルカゴン 体の状態
睡眠中 70-100mg/dL 最小レベル 維持レベル 糖新生で補給

睡眠中も血糖値は70-100mg/dLに維持されます。これは主に肝臓の糖新生によって実現されています。睡眠中はインスリン分泌が最も低くなり、グルカゴンと成長ホルモンの作用で糖新生が促進されます。

8時間の睡眠中に、肝臓は約40-80gのグルコースを産生します。このグルコースの大部分は脳で消費され、脳の活動が睡眠中も維持されます。朝食前の空腹時血糖値が正常範囲にあることは、夜間の糖新生が適切に機能している証拠です。

つまり、健康な人の血糖値は「食後は下げる、空腹時は維持する」という2つのモードを切り替えながら、1日中安定した範囲に保たれています。

運動時の血糖調節

運動時には、筋肉のエネルギー需要が急激に増加し、血糖調節機構が大きく変化します。運動強度と持続時間によって、インスリンとグルカゴンの分泌パターンが調整され、筋肉へのグルコース供給が確保されます。

運動時のホルモン変化

運動を開始すると、インスリン分泌は速やかに低下し、グルカゴン分泌が増加します。この変化は血糖値の低下がなくても起こり、交感神経の活性化によって調節されています。I/G比の低下によって、肝臓からのグルコース放出が促進され、運動する筋肉にグルコースが供給されます。

中等度の運動では、肝臓のグルコース産生速度が筋肉のグルコース消費速度と一致し、血糖値はほぼ一定に保たれます。マラソンのような長時間の運動では、筋肉は1時間あたり約30-60gのグルコースを消費します。この消費量は安静時の10-20倍に相当し、肝臓のグルコース産生が追いつかない場合は低血糖になるリスクがあります。

運動後のインスリン感受性向上

運動後は、消費されたグリコーゲンを回復させるために、筋肉のインスリン感受性が著しく高まります。この状態は運動後24-48時間持続し、同じ量のインスリンでより多くのグルコースを筋肉に取り込めます。

運動後の食事では、グルコースが優先的にグリコーゲン合成に使われ、脂肪合成に回される割合が減少します。定期的な運動習慣がある人は、インスリン感受性が慢性的に高く、2型糖尿病のリスクが大幅に低下します。

つまり、運動は「運動中の血糖値維持」と「運動後のインスリン感受性向上」という2つの効果で、血糖調節を改善します。

糖尿病|血糖調節の破綻

血糖調節機構が障害されると、高血糖または低血糖が生じます。最も一般的な血糖異常は糖尿病で、日本では成人の約6人に1人が糖尿病またはその予備群です。

1型糖尿病|インスリンが作れない

1型糖尿病は、自己免疫反応によって膵臓のβ細胞が破壊され、インスリンがほとんど分泌されなくなる病態です。β細胞の90%以上が破壊されると、絶対的なインスリン欠乏状態となり、外部からのインスリン投与が生命維持に必須となります。

インスリンが欠乏すると、グルコースは細胞内に取り込まれず、血糖値が300-600mg/dL以上に上昇します。同時に、グルカゴンの相対的な作用が強くなり、糖新生とグリコーゲン分解が過剰に進行します。これによって、食事を摂っていなくても血糖値が上昇し続けます。

2型糖尿病|インスリンが効きにくい

2型糖尿病は、インスリン抵抗性とインスリン分泌不全の両方が関与する病態です。初期段階では、肥満や運動不足によってインスリン抵抗性が生じ、同じ量のインスリンでは血糖値が下がりにくくなります。これを補うために、β細胞はより多くのインスリンを分泌します。

この代償性の高インスリン血症によって、初期には血糖値は正常範囲に保たれます。しかし、インスリン抵抗性が進行すると、β細胞は過重な負担に耐えられなくなり、インスリン分泌能力が徐々に低下します。特に、食後の第一相分泌が失われることが2型糖尿病の初期変化です。

診断基準 数値
空腹時血糖値 126mg/dL以上
75g経口ブドウ糖負荷試験2時間値 200mg/dL以上
HbA1c 6.5%以上

つまり、糖尿病は「インスリンが作れない1型」と「インスリンが効きにくい2型」の2種類があり、どちらも血糖値の調節がうまくいかなくなる病気です。

インスリン抵抗性が起こるしくみ

インスリン抵抗性とは、正常量のインスリンが適切に作用しない状態です。筋肉、脂肪組織、肝臓におけるインスリンシグナル伝達が障害されることで、グルコースの取り込みや代謝が低下します。

内臓脂肪の炎症

内臓脂肪が過剰に蓄積すると、脂肪細胞が肥大化し、低酸素状態になります。これによって、脂肪組織でマクロファージの浸潤と慢性炎症が起こります。炎症性サイトカインであるTNF-αやIL-6が分泌され、これらがインスリンシグナルを妨害します。

内臓脂肪面積が100cm²を超えると、インスリン抵抗性のリスクが著しく高まります。内臓脂肪は皮下脂肪と比べて、より強い炎症反応を引き起こします。

肝臓と筋肉への脂肪蓄積

脂肪細胞の貯蔵能力を超えて中性脂肪が増えると、肝臓や筋肉といった本来脂肪を貯蔵しない組織に脂肪が蓄積します。これを異所性脂肪といいます。肝臓に脂肪が蓄積すると脂肪肝となり、肝臓でのインスリン抵抗性が生じます。

筋肉は全身のグルコース消費の約40%を担うため、筋肉のインスリン抵抗性は血糖調節に大きな影響を与えます。異所性脂肪は、体重が正常範囲でも蓄積することがあります。

つまり、インスリン抵抗性は「内臓脂肪の炎症」と「肝臓・筋肉への脂肪蓄積」によって起こり、体重減少と運動によって改善できます。

血糖値を安定させる栄養素

インスリンの正常な分泌と作用には、複数の微量栄養素が必須です。これらの栄養素が不足すると、血糖調節能力が低下し、糖尿病のリスクが高まります。

亜鉛|インスリンの保管役

亜鉛はインスリン分子の構造形成と貯蔵に不可欠です。インスリンは6個の亜鉛原子と結合してヘキサマーという安定した構造を形成し、β細胞の分泌顆粒に貯蔵されます。亜鉛が不足すると、インスリンの合成と貯蔵が障害され、第一相分泌が低下します。

推奨摂取量は成人男性で11mg/日、成人女性で8mg/日です。牡蠣、牛肉、カシューナッツ、カボチャの種などに豊富に含まれます。牡蠣6個で約15mgの亜鉛が摂取できます。

クロム|インスリンの効き目を高める

クロムはインスリン受容体の感受性を高める作用があります。クロムはインスリン受容体とインスリンの結合を強化し、インスリンシグナルの伝達を促進します。

日本人の平均クロム摂取量は1日あたり約30μgです。クロムはブロッコリー、全粒穀物、ナッツ類、牛肉などに含まれます。ただし、クロムサプリメントの過剰摂取は腎障害のリスクがあるため、医師の指導なしに高用量を摂取すべきではありません。

マグネシウム|エネルギー代謝の必需品

マグネシウムは解糖系とTCAサイクルの複数の酵素の補因子として働き、グルコース代謝に不可欠です。また、マグネシウムはインスリン受容体の働きを調節し、インスリンシグナル伝達を促進します。

大規模研究では、マグネシウム摂取量が多い人は2型糖尿病のリスクが15-30%低いことが示されています。推奨摂取量は成人男性で340-370mg/日、成人女性で270-290mg/日です。マグネシウムは玄米、ナッツ類、海藻、緑黄色野菜、魚介類に豊富です。

栄養素 役割 推奨量 豊富な食品
亜鉛 インスリン合成・貯蔵 男性11mg/日、女性8mg/日 牡蠣、牛肉、ナッツ
クロム インスリン感受性向上 約30μg/日 ブロッコリー、全粒穀物
マグネシウム グルコース代謝 男性340-370mg/日、女性270-290mg/日 玄米、海藻、魚

つまり、亜鉛、クロム、マグネシウムは「インスリンの合成」「効き目の向上」「グルコース代謝」という3つの面から血糖調節を支えています。

血糖値を安定させる食事法

血糖値の急激な変動は、インスリンの過剰分泌、インスリン抵抗性の悪化、酸化ストレスの増加を引き起こします。血糖値を緩やかに上昇させ、安定した状態を維持する食事法を紹介します。

食物繊維を摂る

食物繊維は消化吸収を遅らせ、食後血糖値の急上昇を防ぎます。水溶性食物繊維は胃や小腸で水分を吸収してゲル状になり、グルコースの吸収速度を遅くします。この作用によって、インスリン分泌がゆっくりと持続的に起こり、血糖値の変動が小さくなります。

疫学研究では、食物繊維摂取量が1日あたり10g増えるごとに、2型糖尿病のリスクが約10%低下することが示されています。推奨摂取量は成人男性で21g/日以上、成人女性で18g/日以上です。玄米、全粒粉パン、オートミール、野菜、海藻、豆類、果物などに豊富です。

低GI食品を選ぶ

グリセミック・インデックス(GI)は、食品を摂取した後の血糖値上昇の速さを示す指標です。ブドウ糖のGIを100として、各食品のGI値が算出されます。

食品 GI値 代替品 GI値
白米 73 玄米 56
食パン 91 全粒粉パン 50
うどん 80 蕎麦 54

低GI食品(GI値55以下)は血糖値をゆっくり上昇させ、高GI食品(GI値70以上)は急速に上昇させます。白米より玄米、食パンより全粒粉パン、うどんより蕎麦といった選択が、血糖値の安定につながります。

食べる順番を工夫する

食事の最初に野菜や海藻などの食物繊維を多く含む食品を食べると、後から食べる糖質の吸収が遅くなります。これは食物繊維が消化管内でバリアを形成し、グルコースの吸収を物理的に遅らせるためです。

臨床試験では、野菜を最初に食べ、次にタンパク質、最後に炭水化物という順番で食べると、炭水化物から食べた場合と比較して、食後血糖値のピークが20-30%低くなることが示されています。この食べ方は「ベジファースト」と呼ばれ、糖尿病患者だけでなく、健康な人にも推奨されます。

タンパク質と脂質を一緒に摂る

炭水化物単独で摂取すると血糖値が急上昇しますが、タンパク質や脂質と一緒に摂取すると、胃の排出速度が遅くなり、血糖値上昇が緩やかになります。

ナッツ類、アボカド、オリーブオイル、魚の脂などの不飽和脂肪酸は、インスリン感受性を改善する効果も持ちます。ただし、過剰な脂質摂取はカロリー過多や脂質異常症のリスクがあるため、適量を心がけます。

規則正しい食事リズム

長時間の空腹の後に大量の食事を摂ると、血糖値が急激に上昇します。1日3食を規則正しく摂ることで、血糖値の変動を最小限に抑えられます。特に朝食を抜くと、昼食後の血糖値上昇が大きくなることが知られています。

つまり、「食物繊維を摂る」「低GI食品を選ぶ」「野菜から食べる」「タンパク質・脂質と組み合わせる」「規則正しく食べる」という5つの工夫で、血糖値を安定させることができます。

よくある質問

インスリンとグルカゴンはどこから分泌されますか?

インスリンとグルカゴンは、膵臓内に散在するランゲルハンス島という内分泌細胞の集まりから分泌されます。ランゲルハンス島は膵臓全体の1-2%を占め、約100万個存在します。インスリンはランゲルハンス島のβ細胞(全体の約70%)から、グルカゴンはα細胞(約20%)から分泌されます。血糖値の変化に応じて、これらの細胞が協調的にホルモン分泌を調節し、血糖値を一定範囲に保っています。

食後に血糖値が上がるのは正常ですか?

食後に血糖値が上昇することは正常な生理反応です。健康な人では、食後30-60分で血糖値がピークに達し、通常は140mg/dL以下に抑えられます。その後、インスリンの作用によって2-3時間かけて空腹時レベル(70-100mg/dL)まで低下します。ただし、食後血糖値が200mg/dLを超える場合や、食後2時間経っても140mg/dL以上が持続する場合は、耐糖能異常または糖尿病の可能性があり、医療機関での検査が推奨されます。

インスリン抵抗性とは何ですか?

インスリン抵抗性とは、正常量のインスリンが適切に作用しない状態です。筋肉、脂肪組織、肝臓におけるインスリンシグナル伝達が障害され、グルコースの取り込みや代謝が低下します。主な原因は内臓脂肪の蓄積、慢性炎症、酸化ストレスです。インスリン抵抗性が進行すると、膵臓はより多くのインスリンを分泌して代償しようとしますが、最終的にβ細胞が疲弊してインスリン分泌不全となり、2型糖尿病を発症します。体重減少、運動、適切な栄養摂取によってインスリン抵抗性は改善できます。

低血糖はなぜ危険なのですか?

血糖値が70mg/dL以下に低下する低血糖は、脳のエネルギー不足を引き起こします。脳は1日に約120gのグルコースを消費し、グルコース以外のエネルギー源をほとんど利用できません。血糖値が50mg/dL以下になると、発汗、動悸、手の震え、集中力低下などの症状が現れます。さらに低下して30mg/dL以下になると、意識障害、けいれん、昏睡といった重篤な症状が生じ、生命を脅かす状態となります。低血糖の症状が現れたら、すぐにブドウ糖10-20gまたはジュース150-200mlを摂取し、血糖値を回復させる必要があります。

糖尿病予防に最も効果的な方法は何ですか?

糖尿病予防に最も効果的なのは、適正体重の維持と定期的な運動です。大規模臨床試験では、体重を5-7%減少させ、週150分以上の中等度運動を行うことで、糖尿病の発症リスクが約58%低下することが示されています。食事面では、食物繊維の摂取増加(1日20g以上)、低GI食品の選択、野菜を最初に食べる習慣が有効です。また、十分な睡眠(1日7-8時間)、ストレス管理、禁煙も重要です。遺伝的リスクがある人や肥満の人は、定期的な血糖値検査を受け、早期発見・早期介入を心がけることが推奨されます。

まとめ

血糖値は膵臓から分泌されるインスリンとグルカゴンという2つのホルモンによって、70-140mg/dLの範囲内に精密に調節されています。インスリンは血糖値を下げるホルモンで、細胞へのグルコース取り込みを促進し、グリコーゲン合成を活性化し、糖新生を抑制します。グルカゴンは血糖値を上げるホルモンで、肝臓でのグリコーゲン分解と糖新生を促進します。この2つのホルモンがまるでアクセルとブレーキのように協力し、食後は同化状態、空腹時は異化状態へと代謝を切り替えることで、血糖値が24時間安定します。

血糖調節の破綻は糖尿病につながります。2型糖尿病では、内臓脂肪の蓄積や慢性炎症によってインスリン抵抗性が生じ、膵臓のβ細胞が過重な負担に耐えられなくなってインスリン分泌不全が起こります。血糖値を安定させるには、食物繊維を1日20g以上摂取し、低GI食品(玄米、全粒粉パン、蕎麦など)を選び、野菜を最初に食べる習慣が有効です。亜鉛、クロム、マグネシウムといった微量栄養素も、インスリンの正常な分泌と作用に不可欠です。適正体重の維持と週150分以上の運動によって、インスリン感受性が高まり、糖尿病のリスクを約58%低下させることができます。

次に読むべき記事

  • 分子002:細胞とエネルギー代謝の基礎 – ミトコンドリアでのATP産生とエネルギー代謝の全体像
  • 分子027:TCAサイクルとエネルギー産生 – グルコースがATPに変換される詳細なメカニズム
  • 分子065:糖質の分類と構造 – 単糖、二糖、多糖の違いと消化吸収の速度
  • 分子097:亜鉛の代謝と機能 – インスリン合成に必須の亜鉛の働き
  • 分子100:マグネシウムと糖代謝 – グルコース代謝を支えるマグネシウムの役割

参考文献

  1. DeFronzo RA, et al. Type 2 diabetes mellitus. Nature Reviews Disease Primers, 2015
  2. 日本糖尿病学会編. 糖尿病診療ガイドライン2019. 南江堂
  3. Roden M, Shulman GI. The integrative biology of type 2 diabetes. Nature, 2019
  4. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2025年版)
水流琴音(つることね)

管理栄養士|分子栄養学と料理を理論から実践に落とし込んだおうちごはんが得意。栄養のいろはを詰めこんだ理系のごはん作りが好き。

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