前回の記事では、鉄にはヘム鉄と非ヘム鉄の2種類があり、吸収率が大きく異なることを学びました。しかし、実際に小腸の細胞がどのようにして鉄を取り込んでいるのか、その詳しいメカニズムについては触れませんでした。今回は、鉄吸収の「分子レベルの仕組み」に焦点を当てて、詳しく解説します。
鉄の吸収は、主に小腸の十二指腸と上部空腸で起こります。腸管細胞(腸上皮細胞)の表面には、鉄を取り込むための専用の「トランスポーター」というタンパク質が存在します。非ヘム鉄は「DMT1(二価金属トランスポーター1)」によって、ヘム鉄は「HCP1(ヘム運搬タンパク質1)」によって取り込まれます。細胞内に入った鉄は、「フェリチン」というタンパク質に包まれて貯蔵されるか、「フェロポルチン」を通って血液中に放出されます。そして、この全体の過程を「ヘプシジン」というホルモンが調節しているのです。
この記事では、鉄吸収に関わる主要なタンパク質とその働き、体内の鉄レベルに応じて吸収が調節される巧妙なメカニズム、そして鉄吸収の障害が起こる原因について、分子レベルから詳しく解説します。
鉄吸収が起こる場所
小腸の構造
小腸は、十二指腸、空腸、回腸の3つの部分に分かれており、全長は約6-7mあります。小腸の内側の表面は、「絨毛(じゅうもう)」という小さな突起で覆われており、さらに絨毛の表面には「微絨毛(びじゅうもう)」という さらに小さな突起があります。この構造により、小腸の表面積はテニスコート1面分(約200㎡)にもなり、効率的に栄養素を吸収できます。
鉄吸収の主要部位
鉄の吸収は、主に以下の部位で起こります。
| 部位 | 吸収量の割合 | 特徴 |
|---|---|---|
| 十二指腸 | 約60-70% | 胃酸の影響が残っており、鉄が溶解しやすい |
| 上部空腸 | 約20-30% | 鉄の吸収が可能 |
| 下部空腸・回腸 | 約10%以下 | ほとんど吸収されない |
つまり、鉄吸収の約90%は、十二指腸と上部空腸で起こります。これは、胃で分泌された胃酸が、十二指腸ではまだ中和されきっておらず、酸性環境が保たれているため、鉄が溶解しやすいからです。
腸管細胞(腸上皮細胞)の構造
腸管細胞は、小腸の絨毛の表面を覆う細胞で、栄養素の吸収を担っています。腸管細胞は、以下の3つの部分に分かれています。
- 頂端膜(管腔側):小腸の内側(食べ物がある側)に面している膜。鉄を取り込むトランスポーターが存在します
- 細胞質:細胞の内部。鉄が貯蔵されたり、利用されたりします
- 基底側膜(血液側):血管に面している膜。鉄を血液中に放出するトランスポーターが存在します
鉄は、頂端膜から細胞内に取り込まれ、細胞質を通過し、基底側膜から血液中に放出されます。この「一方通行」の流れによって、鉄が体内に吸収されるのです。
非ヘム鉄の吸収メカニズム
ステップ1:Fe³⁺からFe²⁺への還元
非ヘム鉄は、通常Fe³⁺(三価鉄)の形で存在しますが、腸管細胞に取り込まれるには、Fe²⁺(二価鉄)に還元される必要があります。この還元は、腸管細胞の頂端膜に存在する「Dcytb(デュオデナル・サイトクロームb)」という還元酵素によって行われます。
反応:Fe³⁺ + e⁻ → Fe²⁺
Dcytbは、アスコルビン酸(ビタミンC)を電子供与体として使います。つまり、ビタミンCがDcytbに電子を渡し、DcytbがFe³⁺をFe²⁺に還元するのです。これが、ビタミンCが鉄の吸収を促進するメカニズムの1つです。
ステップ2:DMT1による取り込み
Fe²⁺に還元された鉄は、「DMT1(Divalent Metal Transporter 1、二価金属トランスポーター1)」というトランスポーターによって、腸管細胞内に取り込まれます。DMT1は、Fe²⁺だけでなく、Zn²⁺(亜鉛)、Mn²⁺(マンガン)、Co²⁺(コバルト)なども輸送できる「多機能トランスポーター」です。
DMT1の働き方:
- DMT1は、Fe²⁺と結合します
- 同時に、プロトン(H⁺)も結合します(プロトン共輸送)
- Fe²⁺とH⁺が、DMT1を通って細胞内に入ります
つまり、DMT1は、酸性環境(H⁺が多い環境)で最もよく働きます。これが、胃酸が鉄吸収に重要な理由です。制酸剤やプロトンポンプ阻害薬を服用すると、胃酸が減少し、十二指腸のpHが上昇するため、DMT1の働きが低下し、鉄の吸収が悪くなります。
ステップ3:細胞内での鉄の運命
腸管細胞内に入ったFe²⁺は、2つの運命をたどります。
①フェリチンに貯蔵される:鉄が体内に十分にあるとき、Fe²⁺はFe³⁺に酸化され、「フェリチン」というタンパク質の内部に貯蔵されます。フェリチンは、最大4,500個もの鉄原子を包み込むことができる「鉄の倉庫」です。腸管細胞は約2-3日で剥がれ落ちて便として排泄されるため、フェリチンに貯蔵された鉄も一緒に失われます。これが、鉄の吸収を調節する1つのメカニズムです。
②血液中に放出される:鉄が体内で不足しているとき、Fe²⁺は細胞質を通過し、基底側膜の「フェロポルチン」を通って血液中に放出されます。
ステップ4:フェロポルチンによる血液への放出
「フェロポルチン(Ferroportin)」は、腸管細胞の基底側膜に存在する唯一の「鉄輸出トランスポーター」です。フェロポルチンは、Fe²⁺を細胞外(血液中)に運び出します。
フェロポルチンから放出されたFe²⁺は、すぐに「ヘファスチン(Hephaestin)」というフェロオキシダーゼ(鉄酸化酵素)によって、Fe³⁺に酸化されます。Fe³⁺は、血液中のトランスフェリンに結合して、全身に運ばれます。
反応:Fe²⁺(フェロポルチンから放出)→ ヘファスチンで酸化 → Fe³⁺(トランスフェリンに結合)
ヘム鉄の吸収メカニズム
ステップ1:HCP1によるヘムの取り込み
ヘム鉄は、「ヘム構造ごと」腸管細胞に取り込まれます。このプロセスは、「HCP1(Heme Carrier Protein 1、ヘム運搬タンパク質1)」というトランスポーターによって行われます。
HCP1は、ヘム構造(ポルフィリン環 + Fe²⁺)を認識し、細胞内に輸送します。ヘム構造が鉄を保護しているため、タンニン、フィチン酸、カルシウムなどの阻害因子の影響を受けません。これが、ヘム鉄の吸収率が高い理由です。
ステップ2:ヘムオキシゲナーゼによる鉄の遊離
細胞内に入ったヘムは、「ヘムオキシゲナーゼ(Heme oxygenase、HO-1)」という酵素によって分解され、鉄が遊離します。
反応:ヘム → ヘムオキシゲナーゼ → Fe²⁺ + ビリベルジン + 一酸化炭素(CO)
遊離したFe²⁺は、非ヘム鉄と同じように、フェリチンに貯蔵されるか、フェロポルチンを通って血液中に放出されます。
ヘム鉄と非ヘム鉄の吸収経路の違い
| 段階 | 非ヘム鉄 | ヘム鉄 |
|---|---|---|
| 還元 | Dcytbで Fe³⁺ → Fe²⁺ | 不要(ヘム構造ごと取り込む) |
| 取り込み | DMT1 | HCP1 |
| 細胞内処理 | フェリチンに貯蔵 or フェロポルチンで放出 | ヘムオキシゲナーゼで分解 → Fe²⁺ → フェリチンに貯蔵 or フェロポルチンで放出 |
| 阻害因子の影響 | 受けやすい | 受けにくい |
つまり、ヘム鉄は「特別扱い」されて吸収されるため、効率が良いのです。
鉄吸収の調節メカニズム
ヘプシジン:鉄吸収の司令塔
体内の鉄レベルは、「ヘプシジン(Hepcidin)」というホルモンによって厳密に調節されています。ヘプシジンは、肝臓で産生される25アミノ酸のペプチドホルモンで、鉄の吸収と放出を抑制します。
ヘプシジンの働き:
- ヘプシジンは、腸管細胞と肝細胞のフェロポルチンに結合します
- フェロポルチンが分解され、細胞内に取り込まれます(内在化)
- フェロポルチンが減少すると、鉄が血液中に放出されなくなります
つまり、ヘプシジンは「フェロポルチンの破壊者」として働き、鉄の吸収と放出を抑制します。
体内鉄レベルによる調節
鉄が十分な時(鉄過剰):
- 肝臓でヘプシジンの産生が増加
- ヘプシジンがフェロポルチンを分解
- 腸管細胞から血液への鉄放出が減少
- 鉄が腸管細胞内のフェリチンに貯蔵される
- 腸管細胞が剥がれ落ちると、鉄も失われる
- → 鉄の吸収が抑制される
鉄が不足している時(鉄欠乏):
- 肝臓でヘプシジンの産生が減少
- フェロポルチンが分解されない
- 腸管細胞から血液への鉄放出が増加
- DMT1の発現も増加
- → 鉄の吸収が促進される
炎症による調節
興味深いことに、炎症が起こると、ヘプシジンの産生が増加します。炎症性サイトカイン(IL-6など)が、肝臓でのヘプシジン産生を促進するからです。
これは、体が「鉄を細菌やウイルスに奪われないようにする」防御メカニズムと考えられています。細菌は増殖するために鉄を必要とするため、血液中の鉄を減らすことで、細菌の増殖を抑えるのです。
しかし、この反応が過剰になると、「炎症性貧血(慢性疾患に伴う貧血)」が起こります。関節リウマチ、炎症性腸疾患、がんなどの慢性炎症性疾患では、ヘプシジンが過剰に産生され、鉄の吸収と利用が低下し、貧血になります。
低酸素による調節
高地に住んでいる人や、慢性的な低酸素状態(心不全、肺疾患など)では、「HIF(低酸素誘導因子)」というタンパク質が活性化されます。HIFは、以下のように鉄の吸収を促進します。
- DMT1、Dcytb、フェロポルチンの発現を増加させる
- ヘプシジンの産生を抑制する
- エリスロポエチン(赤血球産生を促進するホルモン)の産生を増加させる
つまり、体は酸素不足を感知すると、「もっと赤血球を作るために、鉄をたくさん吸収しよう」と反応するのです。
鉄吸収の障害
遺伝的疾患
ヘモクロマトーシス(鉄過剰症):ヘプシジンまたはヘプシジン受容体(HFE遺伝子)の異常により、ヘプシジンが十分に産生されないか、機能しない病気です。鉄の吸収が過剰になり、肝臓、心臓、膵臓に鉄が蓄積し、臓器障害を引き起こします。
鉄欠乏性貧血(IRIDA):「TMPRSS6」という遺伝子の異常により、ヘプシジンが過剰に産生され、鉄の吸収が極端に低下します。鉄剤に反応しにくい重度の貧血が起こります。
消化器疾患
セリアック病:グルテンに対する自己免疫反応により、小腸の絨毛が萎縮し、鉄の吸収が低下します。
炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎):腸の炎症により、DMT1やフェロポルチンの発現が低下し、また慢性炎症によりヘプシジンが増加するため、鉄の吸収が低下します。
胃切除後:胃酸の分泌が減少し、Fe³⁺の溶解とFe²⁺への還元が低下するため、非ヘム鉄の吸収が大幅に減少します。
薬剤による影響
プロトンポンプ阻害薬(PPI):胃酸の分泌を抑制するため、非ヘム鉄の吸収が低下します。長期服用者では、鉄欠乏性貧血のリスクが高まります。
H2受容体拮抗薬:胃酸分泌を抑制し、鉄の吸収を低下させます。
制酸剤:胃酸を中和し、鉄の吸収を低下させます。
鉄吸収を最大化する実践的な方法
食べ合わせの工夫
- ビタミンCと一緒に摂る:ビタミンCは、Dcytbの働きを助け、Fe³⁺をFe²⁺に還元します。野菜料理にレモン汁をかける、食後に果物を食べるなど
- 動物性タンパク質と一緒に摂る:肉、魚、鶏肉は、非ヘム鉄の吸収を促進します。ほうれん草のベーコン炒め、ひじきの煮物に鶏肉を加えるなど
- ヘム鉄と非ヘム鉄を組み合わせる:肉や魚(ヘム鉄)と野菜(非ヘム鉄)を一緒に食べることで、全体の鉄吸収率が向上します
タイミングの工夫
- お茶やコーヒーは食後1-2時間後に:タンニンが非ヘム鉄の吸収を阻害するため、食事中や食後すぐは避けましょう
- カルシウムとの摂取を分ける:牛乳やヨーグルト、チーズなどは、鉄の豊富な食事とは別のタイミングで摂りましょう
- 鉄サプリメントは空腹時に:吸収率を最大化するには、朝食前や就寝前など、空腹時に摂ることが推奨されます。ただし、胃腸障害が起こる場合は、食後に摂っても構いません
調理方法の工夫
- 鉄鍋を使う:鉄鍋で調理すると、食品に鉄が溶け出し、摂取量が増えます
- 発酵食品を活用:納豆、味噌、テンペなどの発酵食品では、フィチン酸が分解されており、非ヘム鉄の吸収が改善されています
- 浸水処理:豆類やナッツを一晩水に浸けると、フィチン酸が減少し、鉄の吸収が改善されます
よくある質問
DMT1とフェロポルチンは、鉄以外の金属も運びますか?
はい。DMT1は、亜鉛(Zn²⁺)、マンガン(Mn²⁺)、コバルト(Co²⁺)、鉛(Pb²⁺)、カドミウム(Cd²⁺)なども輸送できます。これが、鉄欠乏性貧血の人で鉛やカドミウムの吸収が増加し、中毒のリスクが高まる理由です。フェロポルチンは、主に鉄を輸送しますが、コバルトも輸送できます。
ヘプシジンが高いと、どうなりますか?
ヘプシジンが高いと、フェロポルチンが分解され、鉄が血液中に放出されなくなります。その結果、以下のことが起こります:①腸管からの鉄吸収が減少、②肝臓や脾臓に貯蔵された鉄が血液中に放出されない、③血液中の鉄(血清鉄)が低下、④ヘモグロビンが十分に作れず、貧血になる(炎症性貧血)。これは、体内に鉄が十分にあっても、利用できない状態です。
鉄剤を飲むと便が黒くなるのはなぜですか?
鉄剤に含まれる鉄の大部分(80-90%)は吸収されず、便として排泄されます。便中の鉄が酸化されて黒色になるため、便が黒くなります。これは正常な反応なので、心配する必要はありません。ただし、鉄剤を飲んでいないのに便が黒い場合は、消化管出血の可能性があるため、医療機関を受診しましょう。
鉄の吸収率を上げるサプリメントはありますか?
ビタミンCのサプリメントは、非ヘム鉄の吸収を大幅に高めます。鉄剤と一緒に100mgのビタミンCを摂取すると、吸収率が約3倍に増加します。また、「ヘム鉄サプリメント」は、非ヘム鉄サプリメントより吸収率が高く、胃腸障害も少ないとされています。
妊娠中に鉄の吸収率は上がりますか?
はい。妊娠中は、胎児の成長と血液量の増加により、鉄の需要が約3倍に増加します。体はこれに対応して、鉄の吸収を促進します。具体的には、①DMT1とフェロポルチンの発現が増加、②ヘプシジンの産生が抑制、③エリスロポエチンが増加して赤血球産生が促進されます。その結果、鉄の吸収率が通常の2-3倍に増加します。それでも、食事からの鉄摂取だけでは不十分なことが多いため、妊娠中期・後期には鉄剤の服用が推奨されます。
まとめ
鉄は主に小腸の十二指腸と上部空腸で吸収され、非ヘム鉄とヘム鉄では異なるメカニズムで腸管細胞に取り込まれます。非ヘム鉄は、Dcytbによって三価鉄(Fe³⁺)から二価鉄(Fe²⁺)に還元された後、DMT1トランスポーターで細胞内に取り込まれます。ヘム鉄はHCP1によってヘム構造ごと取り込まれ、細胞内でヘムオキシゲナーゼによって分解されて鉄が遊離します。細胞内の鉄は、フェリチンに貯蔵されるか、フェロポルチンを通じて血液中に放出され、ヘファスチンによって三価鉄に酸化されてトランスフェリンに結合します。
この全過程は肝臓で産生されるヘプシジンによって厳密に調節されています。体内の鉄が十分なときはヘプシジンが増加してフェロポルチンを分解し鉄吸収を抑制し、鉄が不足するとヘプシジンが減少して吸収が促進されます。炎症時にはヘプシジンが過剰産生されて炎症性貧血を引き起こし、低酸素状態ではHIFが活性化されてDMT1やフェロポルチンの発現が増加します。鉄吸収を最大化するには、ビタミンCや動物性タンパク質と一緒に摂取し、お茶やコーヒーは食後1-2時間後に飲み、鉄鍋での調理や発酵食品の活用が効果的です。
次に読むと理解が深まる記事
- 消化と吸収の仕組み – 小腸での栄養素吸収の全体像
- 鉄が体に吸収されるしくみ|ヘム鉄と非ヘム鉄の違い – 鉄の基本知識
- 食べた鉄が血液になるまで – 鉄代謝の全体像がわかる
参考文献
- 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2025年版)
- Ganz T. Systemic iron homeostasis. Physiol Rev, 2013
- McKie AT, et al. A novel duodenal iron-regulated transporter, IREG1. Mol Cell, 2000
- Nemeth E, Ganz T. Hepcidin and iron in health and disease. Annu Rev Med, 2023
