前回の記事では、フェリチンとトランスフェリンという2つのタンパク質が、鉄の貯蔵と運搬をどのように担っているかを学びました。しかし、体内の鉄は静止しているわけではありません。鉄は常に「循環」しており、必要に応じて貯蔵庫から取り出され、全身を巡り、また貯蔵されるという動的なプロセスを繰り返しています。今回は、この「鉄の循環」に焦点を当てて、貯蔵から動員、利用、再貯蔵までの一連のプロセスを詳しく解説します。
健康な成人の体内には約3-5gの鉄が存在しますが、このうち約1gが肝臓、脾臓、骨髄にフェリチンとして貯蔵されています。平常時は、この貯蔵鉄はほとんど動きませんが、貧血、妊娠、成長期、激しい運動、出血などで鉄の需要が増加すると、貯蔵鉄が「動員」されて血液中に放出され、骨髄や筋肉などの必要な場所に運ばれます。逆に、鉄が過剰になると、余った鉄は肝臓に運ばれて貯蔵されます。このように、鉄は体内を絶え間なく循環しており、そのバランスを保つことが健康維持に不可欠なのです。
この記事では、鉄が貯蔵される場所とタイミング、貯蔵鉄が動員される仕組み、鉄が体内を巡る経路、そして鉄の循環を調節するメカニズムについて、実際の生理的状況を交えながら詳しく解説します。
鉄の循環:全体像
鉄の循環経路
体内の鉄は、以下のような経路で循環しています。
- 吸収:小腸(十二指腸)で1日1-2mgの鉄が吸収され、血液中に入る
- 運搬:トランスフェリンに結合して、血液中を循環する
- 利用:骨髄で赤血球合成に使われる(1日約20-22mg)、筋肉でミオグロビンに使われる、その他の組織で酵素などに使われる
- 貯蔵:余った鉄は、肝臓、脾臓にフェリチンとして貯蔵される(1日約1-2mg)
- 再利用:老化した赤血球が脾臓で分解され、鉄が回収される(1日約18-20mg)
- 喪失:便、尿、汗、皮膚の剥離などで1日約1-2mgが失われる
この循環の中で、最も量が多いのは「再利用」です。1日に約20-22mgの鉄が骨髄で使われますが、そのうち約18-20mg(約90%)は、古い赤血球から回収されたものです。つまり、鉄は非常に効率的にリサイクルされているのです。
鉄の循環量
| 鉄の動き | 量(mg/日) | 割合 |
|---|---|---|
| 小腸から吸収 | 1-2 | 約5-10% |
| マクロファージから再利用 | 18-20 | 約90% |
| 肝臓から動員 | 1-2 | 約5-10% |
| 血液中に供給される鉄の合計 | 20-24 | 100% |
| 骨髄で赤血球合成に使用 | 20-22 | 約85-90% |
| 筋肉・その他の組織で使用 | 1-2 | 約5-10% |
| 肝臓・脾臓に貯蔵 | 1-2 | 約5-10% |
つまり、1日に約20-24mgの鉄が血液中を循環していますが、体外から新たに入ってくる鉄(吸収)と体外に出ていく鉄(喪失)は、それぞれわずか1-2mg程度で、ほとんどが体内でリサイクルされているのです。
鉄の貯蔵:蓄える場所とタイミング
主要な貯蔵場所
体内の貯蔵鉄は、主に以下の3つの場所に蓄えられています。
| 貯蔵場所 | 貯蔵量(成人男性) | 特徴 |
|---|---|---|
| 肝臓(肝細胞) | 約600-700mg | 最大の貯蔵器官 長期保存用 |
| 脾臓(マクロファージ) | 約200-300mg | 赤血球分解と鉄回収 短期保存用 |
| 骨髄(マクロファージ) | 約100-200mg | 赤血球産生のすぐ近く すぐに使える貯蔵 |
| 合計 | 約1g |
女性の場合は、月経による鉄喪失のため、貯蔵鉄が少なく、約300-500mg程度です。
鉄が貯蔵されるタイミング
鉄が貯蔵されるのは、以下のような状況です。
- 吸収された鉄が余ったとき:小腸から吸収された鉄が、骨髄での需要を上回る場合、余った鉄は肝臓に運ばれて貯蔵されます
- 赤血球から回収された鉄が余ったとき:脾臓のマクロファージが赤血球を分解して回収した鉄のうち、骨髄で使われなかった分(約10%)は、脾臓や肝臓に貯蔵されます
- 鉄の需要が減少したとき:成長が止まる、妊娠が終わる、激しい運動をやめるなど、鉄の需要が減少すると、余った鉄が貯蔵されます
- 赤血球産生が抑制されたとき:腎不全でエリスロポエチンが減少すると、骨髄での鉄の需要が減り、貯蔵鉄が増加します
フェリチンへの貯蔵プロセス(復習)
肝細胞やマクロファージに運ばれた鉄は、以下のプロセスでフェリチンに貯蔵されます。
- トランスフェリンが細胞表面のトランスフェリン受容体に結合
- 鉄が細胞内に取り込まれる(エンドサイトーシス)
- 細胞内でFe³⁺がFe²⁺に還元される
- Fe²⁺がフェリチンに入る
- フェリチン内部でFe²⁺がFe³⁺に酸化され、安全に貯蔵される
鉄の動員:貯蔵庫から取り出す仕組み
鉄が動員されるタイミング
貯蔵鉄が動員されるのは、以下のような状況です。
- 鉄欠乏性貧血:食事からの鉄摂取が不足し、吸収だけでは需要を満たせない場合、貯蔵鉄が動員されます
- 妊娠:妊娠中期・後期には、胎児の成長と母体の血液量増加により、鉄の需要が急増します(1日約4-5mg)。貯蔵鉄が大量に動員されます
- 成長期:思春期には、身長の伸びと血液量の増加により、鉄の需要が増加します。貯蔵鉄が動員されます
- 激しい運動:持久系アスリートは、赤血球量が増加し、また運動中の溶血や汗からの鉄喪失により、鉄の需要が増加します
- 急性出血:外傷、手術、消化管出血などで大量の血液が失われると、ヘモグロビンを早急に回復するために貯蔵鉄が動員されます
- 高地滞在:高地(標高2,000m以上)では、低酸素環境に適応するために赤血球が増加し、鉄の需要が高まります
鉄動員のメカニズム
貯蔵鉄が動員されるプロセスは、以下の通りです。
- 鉄需要の増加を感知:骨髄での赤血球産生が増加すると、エリスロポエチンが分泌されます
- ヘプシジンの抑制:エリスロポエチンは、肝臓でのヘプシジン産生を抑制します
- フェロポルチンの活性化:ヘプシジンが減少すると、肝細胞とマクロファージのフェロポルチンが分解されずに機能します
- フェリチンから鉄を取り出す:細胞内で、フェリチンから鉄が取り出されます(フェリチノファジーなど)
- Fe²⁺がフェロポルチンを通過:Fe²⁺がフェロポルチンを通って、血液中に放出されます
- Fe²⁺がFe³⁺に酸化:セルロプラスミン(銅を含む酵素)がFe²⁺をFe³⁺に酸化します
- トランスフェリンに結合:Fe³⁺がトランスフェリンに結合し、骨髄に運ばれます
貯蔵鉄の動員速度
貯蔵鉄の動員速度は、状況によって異なります。
| 状況 | 動員速度 | 期間 |
|---|---|---|
| 軽度の鉄欠乏 | 1-2mg/日追加 | 数ヶ月で貯蔵鉄が枯渇 |
| 妊娠中期・後期 | 3-5mg/日追加 | 6ヶ月程度で貯蔵鉄が枯渇 |
| 急性出血(500mL喪失) | 約250mg一度に喪失 | 貯蔵鉄の約25%が失われる |
| 高地トレーニング | 2-3mg/日追加 | 数週間で貯蔵鉄が減少 |
つまり、需要が高い状況では、数ヶ月で貯蔵鉄が枯渇する可能性があります。特に、元々貯蔵鉄が少ない女性(約300-500mg)では、妊娠や持続的な出血で早期に鉄欠乏性貧血になるリスクが高いのです。
鉄が体内を巡る経路:具体例
ケース1:通常の状態(平衡状態)
健康な成人男性が、バランスの取れた食事を摂っている場合を考えてみましょう。
- 朝食:ほうれん草のおひたし(非ヘム鉄)とサンマ(ヘム鉄)を食べる → 小腸で合計1.5mgの鉄が吸収される
- 血液への放出:吸収された1.5mgの鉄が、腸管細胞のフェロポルチンから血液中に放出され、トランスフェリンに結合する
- 同時に再利用:脾臓のマクロファージが、老化した赤血球を分解し、18mgの鉄を回収して血液中に放出する
- 骨髄での利用:血液中のトランスフェリンに結合した鉄(1.5mg + 18mg = 19.5mg)のうち、約18mgが骨髄で赤血球合成に使われる
- 貯蔵:余った約1.5mg(吸収分)は、肝臓に運ばれてフェリチンに貯蔵される
- 喪失:便、尿、汗、皮膚の剥離などで約1.5mgが失われる
結果:吸収1.5mg – 喪失1.5mg = 0mg(平衡状態)
この状態では、体内の総鉄量は変化せず、貯蔵鉄も増減しません。
ケース2:鉄欠乏性貧血の進行
月経のある女性が、ダイエットで肉や魚をほとんど食べない場合を考えてみましょう。
- 鉄摂取不足:1日の鉄吸収量が0.5mg程度に減少する
- 月経による喪失:月経で1日あたり約1.5mg(月に約50mg)の鉄が失われる
- 通常の喪失:便、尿、汗などで約1mgが失われる
- 1日の鉄収支:吸収0.5mg – 喪失2.5mg(月経1.5mg + 通常1mg)= -2mg/日(赤字)
- 貯蔵鉄の動員:不足分の2mg/日を、肝臓の貯蔵鉄から補う
- 6-12ヶ月後:貯蔵鉄(約400mg)が枯渇し、フェリチンが<15 ng/mLになる
- 18ヶ月後:血清鉄が低下し、ヘモグロビンが低下して鉄欠乏性貧血になる
つまり、鉄の摂取不足が続くと、最初は貯蔵鉄が動員されて補われますが、やがて貯蔵鉄が枯渇し、貧血に至るのです。
ケース3:妊娠中の鉄動員
妊娠した女性の鉄の動きを見てみましょう。
| 時期 | 鉄の需要 | 対応 |
|---|---|---|
| 妊娠初期(0-12週) | 通常と同じ 月経が止まる |
月経喪失がなくなり、貯蔵鉄が回復 |
| 妊娠中期(13-28週) | +2-3mg/日 血液量増加、胎児成長 |
吸収率が2倍に増加 貯蔵鉄を動員開始 |
| 妊娠後期(29-40週) | +4-5mg/日 胎児の急成長、胎盤形成 |
吸収率が最大 貯蔵鉄を大量に動員 |
| 出産 | 出血で200-500mg喪失 | 貯蔵鉄がさらに減少 |
妊娠全体で必要な鉄:約1,000mg(胎児300mg + 胎盤50mg + 母体の血液量増加450mg + 出産時出血200mg)
対応:
- 腸管での吸収率が通常の10-20%から20-40%に上昇
- ヘプシジンが抑制され、貯蔵鉄の動員が促進される
- それでも足りない場合は、貯蔵鉄が枯渇し、鉄欠乏性貧血になる
そのため、妊娠中期・後期には、鉄剤の補給(+30-40mg/日)が推奨されます。
ケース4:急性出血後の回復
献血や外傷で400mLの血液を失った場合を考えてみましょう。
- 出血:400mLの血液喪失 = 約200mgの鉄喪失(ヘモグロビン15 g/dL × 400mL × 0.34%)
- 即座の対応(数日):血液量を回復するため、水分が血管内に移動する。ヘモグロビン濃度は一時的に低下する(希釈性貧血)
- 1-2週間:エリスロポエチンが急増し、骨髄での赤血球産生が2-3倍に増加する。鉄の需要が1日30-40mgに増加
- 貯蔵鉄の動員:肝臓と脾臓の貯蔵鉄が大量に動員される。フェリチンが低下する
- 4-6週間:ヘモグロビンが正常値に回復する
- 2-4ヶ月:貯蔵鉄(フェリチン)が徐々に回復する
つまり、急性出血後、ヘモグロビンは比較的早く回復しますが、貯蔵鉄の回復には数ヶ月かかります。この期間に再び出血すると、貯蔵鉄が枯渇し、鉄欠乏性貧血になりやすいのです。
鉄循環の調節メカニズム
ヘプシジンによる全身調節
鉄循環の中心的な調節因子は、肝臓で産生される「ヘプシジン」です。ヘプシジンは、フェロポルチンを分解することで、鉄の吸収と動員を調節します。
| 状況 | ヘプシジン | フェロポルチン | 鉄の循環 |
|---|---|---|---|
| 鉄が十分 | ↑増加 | ↓減少(分解される) | 吸収↓、動員↓、貯蔵↑ |
| 鉄欠乏 | ↓減少 | ↑増加(分解されない) | 吸収↑、動員↑、貯蔵↓ |
| 貧血・低酸素 | ↓減少 | ↑増加 | 吸収↑、動員↑ |
| 炎症 | ↑増加 | ↓減少 | 吸収↓、動員↓(鉄を隔離) |
エリスロポエチンによる需要調節
「エリスロポエチン(EPO)」は、腎臓で産生されるホルモンで、赤血球産生を促進します。同時に、エリスロポエチンはヘプシジンの産生を抑制し、鉄の供給を増やします。
フィードバックループ:
- 貧血または低酸素 → 腎臓でエリスロポエチン↑
- エリスロポエチン → 骨髄での赤血球産生↑
- エリスロポエチン → 肝臓でヘプシジン↓
- ヘプシジン↓ → 腸管と肝臓のフェロポルチン↑
- フェロポルチン↑ → 鉄の吸収と動員↑
- 鉄の供給↑ → 赤血球産生がスムーズに進む
IRPによる細胞内調節
各細胞は、「IRP(Iron Regulatory Protein)」によって、自分の鉄レベルを調節します。
- 鉄が不足:IRP活性化 → トランスフェリン受容体↑、フェリチン↓ → 鉄の取り込み増加、貯蔵減少
- 鉄が十分:IRP不活性化 → トランスフェリン受容体↓、フェリチン↑ → 鉄の取り込み減少、貯蔵増加
3つのレベルの調節
| 調節レベル | 調節因子 | 作用 |
|---|---|---|
| 全身レベル | ヘプシジン | 腸管、肝臓、マクロファージのフェロポルチンを調節 |
| 組織レベル | エリスロポエチン | 骨髄での需要に応じて、ヘプシジンを調節 |
| 細胞レベル | IRP | 各細胞が自分の鉄レベルを調節 |
この3層の調節システムにより、体内の鉄は精密にバランスされているのです。
鉄循環の異常と疾患
鉄欠乏の悪循環
鉄欠乏は、以下のような悪循環を引き起こします。
- 鉄摂取不足または喪失増加 → 貯蔵鉄↓
- 貯蔵鉄枯渇 → 血清鉄↓
- 血清鉄↓ → 骨髄での赤血球産生低下
- 赤血球↓ → ヘモグロビン↓ → 貧血
- 貧血 → 組織への酸素供給低下
- 低酸素 → 疲労、息切れ、運動能力低下
- 運動能力低下 → 食欲低下、活動量減少
- 食欲低下 → 鉄摂取さらに減少(悪循環)
炎症性貧血:鉄の隔離
慢性炎症があると、「鉄の隔離(iron sequestration)」が起こります。
- 炎症性サイトカイン(IL-6など)↑
- 肝臓でヘプシジン↑
- フェロポルチン↓(分解される)
- 腸管からの吸収↓、マクロファージからの放出↓
- 鉄が肝臓とマクロファージに「閉じ込められる」
- 血清鉄↓、骨髄への鉄供給↓
- 赤血球産生低下 → 貧血
この状態では、体内に鉄は十分にあるのに、使えない状態です。鉄剤を投与しても、鉄が肝臓に蓄積するだけで、貧血は改善しません。炎症を治療することが根本的な解決策です。
鉄過剰症:循環の過剰
遺伝性ヘモクロマトーシスでは、ヘプシジンが産生されないため、鉄の吸収と動員が過剰になります。
- ヘプシジン↓(遺伝的異常)
- フェロポルチン↑(分解されない)
- 腸管からの吸収↑(1日5-10mg)、肝臓からの動員↑
- 血清鉄↑、トランスフェリン飽和度↑↑(>60%)
- 遊離鉄↑(トランスフェリンに結合できない鉄)
- 遊離鉄が肝臓、心臓、膵臓、関節に沈着
- 臓器障害(肝硬変、心筋症、糖尿病)
よくある質問
貯蔵鉄が枯渇するまで、どれくらいかかりますか?
成人男性(貯蔵鉄約1,000mg)で、1日2mgの鉄欠乏(摂取<喪失)が続くと、約500日(約1年半)で貯蔵鉄が枯渇します。成人女性(貯蔵鉄約400mg)では、約200日(約6-7ヶ月)で枯渇します。ただし、月経過多、妊娠、激しい運動などでは、さらに早く枯渇する可能性があります。
鉄剤を飲むと、どれくらいで貯蔵鉄が回復しますか?
鉄剤(1日100mgの鉄を含む)を服用すると、約10-20mgの鉄が吸収されます(吸収率10-20%)。貧血の治療では、まずヘモグロビンを回復させるために鉄が優先的に使われます。ヘモグロビンが正常化した後、余った鉄が貯蔵されます。フェリチンが正常化するには、ヘモグロビン正常化後、さらに2-4ヶ月の鉄剤服用が必要です。つまり、鉄欠乏性貧血の治療には、合計4-6ヶ月かかります。
運動選手は鉄が不足しやすいのはなぜですか?
持久系運動選手(マラソン、トライアスロンなど)は、以下の理由で鉄が不足しやすくなります:①運動により赤血球が破壊される(足底溶血)→ 1日約1mg追加喪失、②汗から鉄が失われる(1Lの汗に約1mg)、③消化管出血(激しい運動による虚血)、④赤血球量が増加し、鉄の需要が高まる。そのため、アスリートは一般人より1日2-3mg多く鉄を摂取する必要があります。
貯蔵鉄を増やすサプリメントはありますか?
鉄剤(硫酸第一鉄、フマル酸第一鉄、ヘム鉄など)を服用することで、貯蔵鉄を増やすことができます。ただし、鉄剤は胃腸障害(便秘、下痢、吐き気)を引き起こすことがあるため、医師の指導のもとで使用しましょう。
鉄の注射や点滴は効果がありますか?
鉄の静脈注射や点滴は、以下のような場合に有効です:①経口鉄剤が吸収されない(胃切除後、炎症性腸疾患)、②経口鉄剤の副作用が強い、③急速に鉄を補充する必要がある(出産前、手術前)。静脈投与では、鉄が直接血液中に入るため、吸収不良の影響を受けません。ただし、アナフィラキシーなどの副作用のリスクがあるため、医療機関での投与が必要です。
まとめ
体内の鉄は約3-5g存在し、60-70%がヘモグロビンに、20-30%が肝臓、脾臓、骨髄にフェリチンとして貯蔵されています。鉄は小腸で1日1-2mg吸収され、脾臓のマクロファージが老化赤血球から1日18-20mgを回収して再利用し、合計20-24mgが血液中を循環します。平常時は吸収と喪失が均衡していますが、鉄欠乏性貧血、妊娠、成長期、急性出血、激しい運動などで需要が増加すると、肝臓と脾臓の貯蔵鉄が動員されてフェロポルチンから血液中に放出されます。妊娠では全体で約1,000mgの鉄が必要で、貯蔵鉄が大量に動員されるため、元々貯蔵鉄が少ない女性は鉄欠乏性貧血になりやすくなります。
鉄循環は3層の調節システムで精密にコントロールされています。全身レベルではヘプシジンが腸管と肝臓のフェロポルチンを調節し、組織レベルではエリスロポエチンが骨髄での需要に応じてヘプシジンを抑制し、細胞レベルではIRPがトランスフェリン受容体とフェリチンの発現を調節します。鉄欠乏ではヘプシジンが減少して吸収と動員が促進されますが、炎症ではヘプシジンが増加して鉄が肝臓とマクロファージに隔離され、体内に鉄があっても使えない炎症性貧血が起こります。鉄剤による貯蔵鉄の回復には、ヘモグロビン正常化後さらに2-4ヶ月かかり、鉄欠乏性貧血の完全な治療には合計4-6ヶ月を要します。この効率的な循環とリサイクルシステムにより、少ない食事摂取でも体内の鉄の恒常性が維持されています。
次に読むと理解が深まる記事
- 細胞とエネルギー代謝 – ヘム合成とミトコンドリアの働き
- 鉄の貯蔵と運搬|フェリチンとトランスフェリンの働き – 貯蔵から運搬まで
参考文献
- 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2025年版)
- Ganz T, Nemeth E. Iron balance and the role of hepcidin in chronic kidney disease. Semin Nephrol, 2016
- Camaschella C. Iron deficiency. Blood, 2019
- Muckenthaler MU, et al. A Red Carpet for Iron Metabolism. Cell, 2017
