ご飯やパンを食べると、「元気が出る」「力が湧いてくる」と感じたことはありませんか?実際、糖質(炭水化物)は、私たちの体で最も速くエネルギーに変わる栄養素です。その理由は、「解糖系」という代謝経路にあります。解糖系は、細胞の中でブドウ糖(グルコース)を分解し、わずか数秒でATP(エネルギー通貨)を作り出すことができる、驚くほど効率的な仕組みなのです。
ご飯を食べると、15-30分ほどで血糖値が上がり、血液中のグルコースが全身の細胞に取り込まれます。そして、細胞の中で解糖系がすぐに働き始め、酸素を必要とせずにATPを生産します。これが、食後すぐにエネルギーを感じる理由です。特に、激しい運動を始めた最初の数秒から数分間、脳が1日中休みなく使い続けるエネルギー、赤血球が唯一頼るエネルギー源——これらはすべて、解糖系から供給されています。
この記事では、解糖系がどのようにしてグルコースを分解するのか、なぜ酸素なしでも機能するのか、どんな組織が解糖系に特に依存しているのか、そして糖質の「即効性」と「限界」について、詳しく解説します。
解糖系とは何か
基本的な定義
解糖系(glycolysis、グリコリシス)は、グルコース(C₆H₁₂O₆)を2分子のピルビン酸(C₃H₄O₃)に分解する代謝経路です。「グリコ(glyco)」は「糖」、「リシス(lysis)」は「分解」を意味します。
全体の反応式(簡略版):
グルコース + 2 NAD⁺ + 2 ADP + 2 Pi → 2 ピルビン酸 + 2 NADH + 2 H⁺ + 2 ATP + 2 H₂O
解糖系の3つの特徴
| 特徴 | 詳細 |
|---|---|
| 場所 | 細胞質(細胞の液体部分) |
| 酸素の必要性 | 不要(嫌気的代謝) |
| ATP生産量 | 正味2 ATP(4個生産、2個消費) |
解糖系の2つの段階
解糖系は、10個の酵素反応からなり、2つの段階に分けられます。
- エネルギー投資段階(反応1〜5):グルコースにリン酸基を付加し、2つの3炭糖に分割する。この段階で2 ATPを消費する
- エネルギー回収段階(反応6〜10):3炭糖を酸化してピルビン酸に変換し、4 ATPと2 NADHを生成する
正味の収支:2 ATP(生産4 – 消費2)+ 2 NADH
解糖系の10段階の反応
エネルギー投資段階(反応1〜5)
反応1:グルコースのリン酸化
酵素:ヘキソキナーゼ(またはグルコキナーゼ)
反応:グルコース + ATP → グルコース-6-リン酸 + ADP
グルコースにリン酸基(-PO₃²⁻)を付加します。この反応には、ATP 1個が消費されます。リン酸化により、グルコースは細胞膜を通過できなくなり、細胞内に閉じ込められます。また、リン酸基の負電荷が、次の反応を進めやすくします。
反応2:グルコース-6-リン酸の異性化
酵素:ホスホグルコースイソメラーゼ
反応:グルコース-6-リン酸 ⇄ フルクトース-6-リン酸
6員環(グルコース)を5員環(フルクトース)に変換します。この異性化により、次の反応でもう1つのリン酸基を付加しやすくなります。
反応3:フルクトース-6-リン酸のリン酸化
酵素:ホスホフルクトキナーゼ(PFK)
反応:フルクトース-6-リン酸 + ATP → フルクトース-1,6-ビスリン酸 + ADP
もう1つのリン酸基を付加し、フルクトース-1,6-ビスリン酸(2つのリン酸基を持つ)を生成します。この反応は、解糖系の「律速段階」で、最も遅く、調節を受ける重要なステップです。ATP 1個が消費されます。
ここまでで、合計2個のATPが投資されました。
反応4:フルクトース-1,6-ビスリン酸の分割
酵素:アルドラーゼ
反応:フルクトース-1,6-ビスリン酸 → ジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)+ グリセルアルデヒド-3-リン酸(G3P)
6炭糖が、2つの3炭糖に分割されます。これ以降、すべての反応は2分子ずつ進行します(1個のグルコースから2個の3炭糖が生成されるため)。
反応5:ジヒドロキシアセトンリン酸の異性化
酵素:トリオースリン酸イソメラーゼ
反応:ジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)⇄ グリセルアルデヒド-3-リン酸(G3P)
DHAPをG3Pに変換します。これにより、2分子のG3Pが得られ、以降の反応に進みます。
エネルギー回収段階(反応6〜10)
ここから先は、2分子のG3Pが並行して反応するため、生成物はすべて「×2」になります。
反応6:グリセルアルデヒド-3-リン酸の酸化とリン酸化
酵素:グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素
反応(×2):G3P + NAD⁺ + Pi → 1,3-ビスホスホグリセリン酸 + NADH + H⁺
G3Pが酸化され、NAD⁺がNADHに還元されます。同時に、無機リン酸(Pi)が結合して、1,3-ビスホスホグリセリン酸(高エネルギーリン酸化合物)が生成されます。
この反応で、2分子のNADHが生成されます。
反応7:1,3-ビスホスホグリセリン酸からATPの生成
酵素:ホスホグリセリン酸キナーゼ
反応(×2):1,3-ビスホスホグリセリン酸 + ADP → 3-ホスホグリセリン酸 + ATP
高エネルギーリン酸基がADPに転移され、ATPが生成されます。この反応で、2分子のATPが生成されます(投資した2 ATPを回収)。
反応8:3-ホスホグリセリン酸の異性化
酵素:ホスホグリセリン酸ムターゼ
反応(×2):3-ホスホグリセリン酸 ⇄ 2-ホスホグリセリン酸
リン酸基の位置を3位から2位に移動させます。
反応9:2-ホスホグリセリン酸の脱水
酵素:エノラーゼ
反応(×2):2-ホスホグリセリン酸 → ホスホエノールピルビン酸(PEP)+ H₂O
水分子が除去され、ホスホエノールピルビン酸(PEP、非常に高エネルギーなリン酸化合物)が生成されます。
反応10:ホスホエノールピルビン酸からATPの生成
酵素:ピルビン酸キナーゼ
反応(×2):ホスホエノールピルビン酸(PEP)+ ADP → ピルビン酸 + ATP
PEPのリン酸基がADPに転移され、ATPが生成されます。この反応で、2分子のATPが生成されます。
最終生成物は、2分子のピルビン酸です。
解糖系の収支(グルコース1分子あたり)
| 物質 | 投資/消費 | 生産 | 正味 |
|---|---|---|---|
| ATP | -2(反応1, 3) | +4(反応7, 10で各2) | +2 |
| NADH | 0 | +2(反応6) | +2 |
| ピルビン酸 | 0 | +2 | +2 |
なぜ解糖系は速いのか
酸素が不要
解糖系の最大の特徴は、酸素を必要としないことです。これを「嫌気的代謝」といいます。
TCAサイクルや電子伝達系は、ミトコンドリアの中で酸素を使って大量のATPを作りますが、これらの反応には時間がかかります。一方、解糖系は細胞質で酸素なしで進行するため、非常に速くATPを供給できます。
反応速度が速い
解糖系の酵素は、細胞質に高濃度で存在し、基質(グルコースや中間体)もすぐに利用できます。そのため、解糖系全体の反応は、わずか数秒から数十秒で完了します。
特に、筋肉が瞬発的な力を発揮するとき(短距離走、ジャンプ、重量挙げなど)、解糖系が主要なATP供給源になります。
すぐに開始できる
TCAサイクルや電子伝達系は、ピルビン酸がミトコンドリアに入り、複数の準備段階を経る必要があります。一方、解糖系は、グルコースが細胞に取り込まれた瞬間から開始できます。
組織ごとの解糖系の利用
脳:グルコース専門
脳は、エネルギー源としてグルコースのみを使います(ただし、長期の飢餓時にはケトン体も使用)。脳は体重の約2%しかありませんが、全身のグルコース消費量の約20%を占めます。
1日の脳のグルコース消費量:約120g
脳の細胞は、常に解糖系を通じてグルコースを分解し、さらにTCAサイクルと電子伝達系で完全に酸化してATPを得ています。血糖値が低下すると、脳の機能が低下し、集中力の欠如、めまい、意識障害などが起こります。
赤血球:解糖系のみ
赤血球は、ミトコンドリアを持っていません。そのため、TCAサイクルや電子伝達系を使えず、解糖系だけでATPを生産します。
赤血球の主な役割は、酸素を全身に運ぶことですが、自分自身は酸素呼吸をしません。これは、運んでいる酸素を自分で使ってしまわないための巧妙な仕組みです。
赤血球は、解糖系で得た2 ATPを使って、イオンポンプを動かし、細胞の形を維持しています。
筋肉:解糖系と有酸素呼吸の使い分け
筋肉は、運動の強度によって、エネルギー源を使い分けます。
| 運動の種類 | 主なエネルギー源 | ATP生産速度 | 持続時間 |
|---|---|---|---|
| 瞬発的運動 (短距離走、ジャンプ) |
解糖系(無酸素) クレアチンリン酸 |
非常に速い | 数秒〜2分 |
| 中強度運動 (400m走、水泳) |
解糖系 + 有酸素呼吸 | 速い | 2〜10分 |
| 持久的運動 (マラソン、サイクリング) |
有酸素呼吸 (脂肪酸も利用) |
遅いが持続的 | 数時間〜 |
乳酸の蓄積
激しい運動では、酸素の供給が追いつかず、解糖系が優先的に働きます。このとき、ピルビン酸がミトコンドリアに入れず、細胞質で「乳酸」に変換されます。
反応:ピルビン酸 + NADH + H⁺ → 乳酸 + NAD⁺
この反応により、NADHがNAD⁺に再生され、解糖系が継続できます。しかし、乳酸が蓄積すると、筋肉のpHが低下(酸性化)し、筋肉の収縮が阻害され、疲労を感じます。
運動後、乳酸は肝臓に運ばれ、再びグルコースに変換されます(コリ回路)。
がん細胞:ワールブルグ効果
がん細胞は、酸素が十分にあるにもかかわらず、解糖系を優先的に使います。これを「ワールブルグ効果(Warburg effect)」といいます。
がん細胞は、急速に増殖するために、大量のATPだけでなく、細胞の材料(核酸、タンパク質、脂質)も必要とします。解糖系の中間体は、これらの材料の合成に利用できるため、がん細胞は解糖系を活発化させるのです。
この特性を利用して、がんの診断に「PET(陽電子放射断層撮影)」が使われます。PETでは、放射性同位体で標識したグルコース(FDG、フルオロデオキシグルコース)を投与し、グルコースを多く取り込む組織(がん細胞)を画像化します。
解糖系の調節
律速酵素:ホスホフルクトキナーゼ(PFK)
解糖系の速度を決定する最も重要な酵素は、反応3の「ホスホフルクトキナーゼ(PFK)」です。PFKは、以下の物質によって調節されます。
| 調節因子 | 効果 | 生理的意味 |
|---|---|---|
| ATP(高濃度) | 阻害(活性↓) | エネルギーが十分なら解糖系を抑制 |
| ADP、AMP(高濃度) | 活性化(活性↑) | エネルギーが不足したら解糖系を促進 |
| クエン酸(高濃度) | 阻害(活性↓) | TCAサイクルが活発なら解糖系を抑制 |
| フルクトース-2,6-ビスリン酸 | 活性化(活性↑) | ホルモンシグナルで解糖系を促進 |
この調節により、細胞はエネルギー状態に応じて、解糖系の速度を自動的に調整します。
ヘキソキナーゼとグルコキナーゼ
反応1の酵素には、2種類があります。
| 酵素 | 存在場所 | 特徴 |
|---|---|---|
| ヘキソキナーゼ | ほとんどの組織 | グルコース親和性が高い(Km ≈ 0.1 mM) 少量のグルコースでも働く グルコース-6-リン酸で阻害される |
| グルコキナーゼ | 肝臓、膵臓β細胞 | グルコース親和性が低い(Km ≈ 10 mM) 血糖値が高いときに活性化 阻害されない |
肝臓のグルコキナーゼは、食後の高血糖時にグルコースを取り込み、グリコーゲンとして貯蔵する役割を果たします。
解糖系の限界と次のステップ
効率が低い
解糖系は速いですが、効率は低いです。グルコース1分子から、わずか2個のATPしか得られません。
一方、グルコースを完全に酸化すると、約32個のATPが得られます。つまり、解糖系だけでは、グルコースのエネルギーの約6%しか取り出せていないのです。
ピルビン酸のその後
解糖系で生成されたピルビン酸は、2つの運命をたどります。
有酸素条件(酸素あり)
ピルビン酸は、ミトコンドリアに運ばれ、「アセチルCoA」に変換されて、TCAサイクルに入ります。そこでさらに分解され、電子伝達系で大量のATPが生成されます。
ピルビン酸 → アセチルCoA → TCAサイクル → 電子伝達系 → 約30 ATP(追加)
無酸素条件(酸素なし)
ピルビン酸は、細胞質で「乳酸」または「エタノール」に変換されます。
- 動物細胞:ピルビン酸 → 乳酸(乳酸発酵)
- 酵母:ピルビン酸 → エタノール + CO₂(アルコール発酵)
これらの反応の目的は、NADHをNAD⁺に再生することです。NAD⁺がないと、解糖系の反応6が進まず、解糖系全体が停止してしまいます。
よくある質問
なぜご飯を食べるとすぐに元気になるのですか?
ご飯やパンに含まれるデンプンは、消化されてグルコースになり、15-30分で血糖値が上がります。グルコースが細胞に取り込まれると、解糖系がすぐに働き、数秒でATPを生産します。このATPが筋肉や脳で使われ、「元気になった」と感じるのです。特に、脳は血糖値の変化に敏感で、血糖値が上がると集中力や気分が改善します。
なぜ激しい運動をすると筋肉が疲れるのですか?
激しい運動では、酸素の供給が追いつかず、解糖系が優先的に働きます。その結果、乳酸が蓄積し、筋肉のpHが低下(酸性化)します。この酸性化が、筋肉の収縮を阻害し、疲労を感じさせます。ただし、乳酸そのものは「疲労物質」ではなく、運動後に肝臓でグルコースに再変換され、再利用されます。
糖質制限ダイエットは安全ですか?
糖質制限ダイエットでは、解糖系の燃料であるグルコースが不足します。体は、脂肪やタンパク質からエネルギーを得ようとしますが、脳は通常グルコースしか使えないため、初期には頭がぼんやりする、疲れやすいなどの症状が出ることがあります。長期的には、体が「ケトン体」を産生し、脳もこれをエネルギー源として使えるようになります。ただし、赤血球はミトコンドリアがないため、常にグルコースが必要です。極端な糖質制限は、貧血や低血糖のリスクがあるため、医師や栄養士の指導下で行うべきです。
なぜがん細胞は解糖系を好むのですか?
がん細胞は急速に増殖するため、大量のATPだけでなく、細胞の材料(核酸、タンパク質、脂質)も必要とします。解糖系の中間体は、これらの合成の原料になります。また、解糖系は速くATPを供給でき、がん細胞の活発な代謝を支えます。この特性を利用して、解糖系を標的とするがん治療薬の開発が進められています。
アルコールはどうやってできるのですか?
酵母(ビール酵母、ワイン酵母など)は、無酸素条件で解糖系を行い、ピルビン酸を「エタノール(アルコール)」と「二酸化炭素(CO₂)」に変換します(アルコール発酵)。ビール、ワイン、日本酒、パンなどは、すべてこの発酵を利用しています。パンでは、CO₂が生地を膨らませ、エタノールは焼成時に蒸発します。
まとめ
解糖系は細胞質で10段階の酵素反応により1分子のグルコースを2分子のピルビン酸に分解し、正味2ATPと2NADHを生成します。エネルギー投資段階(反応1-5)で2ATPを消費してグルコースをリン酸化し、フルクトース-1,6-ビスリン酸を経て2つの3炭糖に分割し、エネルギー回収段階(反応6-10)で4ATPと2NADHを生産します。酸素不要で数秒以内にATPを供給できるため、瞬発的運動の最初の数分間や脳の緊急エネルギー源として重要です。脳は1日約120gのグルコースを消費し、赤血球はミトコンドリアがないため解糖系のみに依存し、筋肉は運動強度により解糖系と有酸素呼吸を使い分けます。
律速酵素のホスホフルクトキナーゼ(PFK)はATP高濃度で阻害されADP・AMP高濃度で活性化され、エネルギー状態に応じて解糖系速度を調節します。激しい運動時は酸素供給が追いつかずピルビン酸が乳酸に変換され、乳酸蓄積により筋肉pH低下で疲労を感じます。有酸素条件ではピルビン酸がミトコンドリアでアセチルCoAに変換されTCAサイクルと電子伝達系で約30ATPを追加生産し、グルコース1分子から合計約32ATPが得られます。解糖系のみでは効率が低く全エネルギーの約6%しか取り出せませんが、速さと酸素不要が最大の利点です。がん細胞は急速増殖のため解糖系を優先的に使うワールブルグ効果を示し、PETスキャンではグルコース取り込みが多い組織を画像化してがん診断に利用されます。ご飯を食べると15-30分で血糖値が上がり解糖系が数秒でATPを生産するため食後すぐにエネルギーを感じ、糖質制限では初期に頭がぼんやりする症状が出ますが長期的にはケトン体を脳のエネルギー源として利用できるようになります。
次に読むと理解が深まる記事
- 消化と吸収の仕組み – グルコースが体内に取り込まれる過程
- ごはん1杯から作られるエネルギー -ATP産生を徹底解説
参考文献
- 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2025年版)
- Nelson DL, Cox MM. Lehninger Principles of Biochemistry. 8th ed. W.H. Freeman, 2021
- Berg JM, et al. Biochemistry. 9th ed. W.H. Freeman, 2019
- Warburg O. On the origin of cancer cells. Science, 1956
