筋肉をつけたい人、運動のパフォーマンスを上げたい人なら、「BCAA」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。BCAAは、「Branched-Chain Amino Acids(分岐鎖アミノ酸)」の略で、バリン、ロイシン、イソロイシンという3つのアミノ酸の総称です。
BCAAは、他のアミノ酸とは違う、特別な性質を持っています。普通のアミノ酸は、食べた後、まず肝臓に運ばれて処理されます。しかし、BCAAは肝臓をスルーして、直接、筋肉に届きます。そして、筋肉の中で、エネルギー源として使われたり、筋肉を作るスイッチを入れたりします。このため、運動をする人にとって、BCAAは非常に重要な栄養素なのです。
この記事では、BCAAとは何か、なぜ筋肉で直接使われるのか、筋肉を作る仕組み、運動パフォーマンスへの効果、どんな食品に含まれているのか、サプリメントの使い方について、わかりやすく解説します。
BCAAとは
3つのアミノ酸
BCAAは、以下の3つのアミノ酸の総称です。
- バリン(Valine)
- ロイシン(Leucine)
- イソロイシン(Isoleucine)
これらは、すべて「必須アミノ酸」です。必須アミノ酸とは、体内で作ることができないため、食事から摂取しなければならないアミノ酸のことです。
「分岐鎖」の意味
BCAAが「分岐鎖アミノ酸」と呼ばれる理由は、その化学構造にあります。これら3つのアミノ酸は、分子の「側鎖(R基)」が、枝分かれしている構造を持っています。
アミノ酸の基本構造:
NH₂-CH(R)-COOH
(Rが「側鎖」で、アミノ酸ごとに異なる)
BCAAの側鎖は、枝分かれした「疎水性(水に溶けにくい)」の炭化水素です。この構造が、BCAAの特別な性質の源になっています。
必須アミノ酸の中での割合
必須アミノ酸は、全部で9種類あります。そのうち、BCAAの3つが、筋肉のタンパク質(筋タンパク質)の約35-40%を占めています。つまり、筋肉の主要な材料なのです。
なぜ筋肉で直接使われるのか
肝臓を通らない
食べたタンパク質は、小腸でアミノ酸に分解されて吸収されます。吸収されたアミノ酸は、まず「門脈血」を通って、肝臓に運ばれます。肝臓は、アミノ酸の「中継センター」のような役割をしていて、ここで、さまざまな処理が行われます。
ほとんどのアミノ酸は、肝臓で代謝されます。例えば、以下のような処理が行われます。
- 体に必要なタンパク質(アルブミン、血液凝固因子など)の合成
- グルコース(糖)の合成(糖新生)
- アンモニアの解毒(尿素サイクル)
しかし、BCAAは、肝臓にある代謝酵素の活性が非常に低いため、ほとんど肝臓で代謝されません。その代わり、肝臓を素通りして、全身の筋肉に運ばれ、筋肉の中で代謝されます。
筋肉に豊富な代謝酵素
筋肉には、BCAAを代謝する酵素が豊富に存在します。
主な酵素:
- BCAA アミノトランスフェラーゼ(BCAT):BCAAのアミノ基を、α-ケトグルタル酸に転移させて、分岐鎖α-ケト酸(BCKA)とグルタミン酸を作る
- 分岐鎖α-ケト酸脱水素酵素複合体(BCKDC):BCKAを、さらに分解して、エネルギー生成に使う
この2段階の反応により、BCAAは筋肉の中で、直接、エネルギー源として利用されます。
BCAAの3つの役割
役割1:筋肉のエネルギー源
運動をすると、筋肉はエネルギーを消費します。通常、筋肉は、以下の順番でエネルギーを使います。
- クレアチンリン酸:数秒間の瞬発的な運動(短距離走、重量挙げなど)
- グリコーゲン(糖):数分〜1時間程度の運動
- 脂肪:1時間以上の長時間運動
しかし、長時間の運動や、グリコーゲンが枯渇した状態では、筋肉は自分のタンパク質を分解して、アミノ酸をエネルギー源として使います。これを「筋肉の異化(カタボリズム)」と呼びます。
BCAAは、この異化を防ぐ働きがあります。運動中にBCAAを摂取すると、筋肉は自分のタンパク質を分解する代わりに、摂取したBCAAをエネルギーとして使います。これにより、筋肉の損失を最小限に抑えることができます。
役割2:筋肉を作るスイッチ(ロイシンの特別な働き)
BCAAの中でも、特に「ロイシン」は、筋肉を作る「スイッチ」を入れる働きがあります。
ロイシンは、「mTOR(エムトール、Mammalian Target of Rapamycin)」という細胞内のタンパク質を活性化します。mTORは、細胞の成長やタンパク質合成を調節する「司令塔」のような役割をしています。
ロイシンがmTORを活性化する流れ:
- ロイシンが細胞内に入る
- ロイシンが、「Sestrin2」というタンパク質に結合する
- Sestrin2が、mTORの抑制を解除する
- mTORが活性化される
- mTORが、リボソーム(タンパク質を作る工場)での翻訳を促進する
- 筋タンパク質の合成が増える
このため、運動後にロイシンを摂取すると、筋肉がつきやすくなります。
役割3:脳の疲れを軽減
長時間の運動をすると、体だけでなく、脳も疲れます。これを「中枢性疲労」と呼びます。
中枢性疲労の原因の一つは、脳内の「セロトニン」という神経伝達物質の増加です。セロトニンは、リラックスや睡眠を促す物質ですが、運動中に増えすぎると、「疲れた」と感じやすくなります。
セロトニンは、「トリプトファン」というアミノ酸から作られます。トリプトファンが脳に入るためには、「血液脳関門(BBB)」という関所を通る必要があります。ここで、トリプトファンは、他の中性アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシンなど)と、同じ輸送体を使って競争します。
運動中にBCAAを摂取すると、血液中のBCAAの濃度が上がります。すると、トリプトファンがBBBを通りにくくなり、脳内のセロトニンの生成が抑えられます。その結果、疲労感が軽減され、パフォーマンスが向上します。
運動とBCAA
運動前の摂取
運動の30-60分前にBCAAを摂取すると、運動中の筋肉の異化(分解)を防ぐことができます。
推奨量:4-8g(ロイシン:バリン:イソロイシン = 2:1:1の比率)
運動中の摂取
長時間の運動(1時間以上)では、運動中にもBCAAを摂取することで、エネルギーを補給し、疲労を軽減できます。
方法:BCAAを水に溶かして、少しずつ飲む
運動後の摂取
運動後30分以内は、「ゴールデンタイム」と呼ばれ、筋肉がタンパク質を最も吸収しやすい時間帯です。この時間にBCAAを摂取すると、筋肉の回復と成長が促進されます。
推奨量:5-10g
ただし、BCAAだけでなく、プロテイン(すべてのアミノ酸を含む)を摂取する方が、筋肉の合成には効果的です。BCAAは、プロテインの補助として使うのが理想的です。
BCAAと筋肉痛
遅発性筋肉痛(DOMS)
激しい運動や慣れない運動をした後、翌日から2-3日後に筋肉痛が起こることがあります。これを「遅発性筋肉痛(Delayed Onset Muscle Soreness, DOMS)」と呼びます。
DOMSの原因は、運動による筋繊維の微細な損傷と、それに伴う炎症です。
BCAAの効果
複数の研究で、運動前後にBCAAを摂取すると、DOMSが軽減されることが示されています。
理由:
- BCAAが、運動中の筋肉の損傷を減らす
- BCAAが、損傷した筋肉の修復を促進する
- BCAAが、炎症を抑える
具体的には、運動前に5-10g、運動後に5-10gのBCAAを摂取すると、筋肉痛の強度が20-30%程度軽減されるという報告があります。
BCAAが豊富な食品
食品中のBCAA含有量
| 食品 | 1食分の量 | BCAA含有量(g) | 内訳(ロイシン/バリン/イソロイシン) |
|---|---|---|---|
| 鶏むね肉 | 100g | 約5.5 | 2.0/1.3/1.2 |
| 牛もも肉 | 100g | 約5.0 | 1.9/1.2/1.1 |
| 豚ロース | 100g | 約4.8 | 1.8/1.1/1.0 |
| サケ | 100g | 約4.2 | 1.6/1.0/0.9 |
| マグロ | 100g | 約5.0 | 1.9/1.2/1.1 |
| 卵 | 1個(50g) | 約1.6 | 0.6/0.4/0.3 |
| 牛乳 | 200mL | 約1.4 | 0.7/0.4/0.4 |
| ホエイプロテイン | 25g | 約5.5 | 2.5/1.4/1.4 |
| 大豆 | 100g(乾燥) | 約6.0 | 2.2/1.4/1.3 |
| 納豆 | 1パック(50g) | 約1.6 | 0.6/0.4/0.3 |
動物性食品が優れている理由
動物性食品(肉、魚、卵、乳製品)は、植物性食品よりもBCAAの含有量が多く、また、ロイシンの比率が高い傾向があります。ロイシンは、筋肉合成の「スイッチ」を入れる最も重要なアミノ酸なので、動物性食品の方が、筋肉づくりには効果的です。
BCAAサプリメント
サプリメントの形態
BCAAサプリメントは、以下のような形態で販売されています。
- パウダー:水に溶かして飲む。吸収が速い。味付きのものが多い
- タブレット・カプセル:持ち運びが便利。吸収はパウダーよりやや遅い
- ドリンク:すでに溶かしてある。手軽だが、やや高価
推奨される比率
BCAAサプリメントは、ロイシン:バリン:イソロイシンの比率が、2:1:1のものが一般的です。この比率が、最も研究されており、効果が確認されています。
最近では、ロイシンを強化した「4:1:1」や「8:1:1」の製品もあります。ロイシンが筋肉合成に特に重要だという理由からですが、過剰なロイシンが他のアミノ酸の吸収を妨げる可能性もあるため、2:1:1が無難です。
摂取量の目安
- 一般的な運動:5-10g/回
- 激しい運動や長時間運動:10-20g/日(複数回に分けて)
- 筋肉をつけたい人:体重1kgあたり0.1-0.2g/日
プロテインとの違い
BCAAサプリメントとプロテインパウダーの違い:
| 特徴 | BCAAサプリメント | プロテインパウダー |
|---|---|---|
| 成分 | バリン、ロイシン、イソロイシンのみ | 20種類のアミノ酸すべて |
| 吸収速度 | 非常に速い(消化不要) | 速い(ホエイ)〜やや遅い(カゼイン) |
| カロリー | 低い(ほぼゼロ) | やや高い(1食あたり100-150kcal) |
| 価格 | 高い | 安い |
| 用途 | 運動中・直前、減量中 | 運動後、食事の補助 |
基本的には、プロテインパウダーの方が、コストパフォーマンスが良く、すべてのアミノ酸を含むため、筋肉合成には総合的に優れています。BCAAサプリメントは、以下のような特殊な状況で使うのが適しています。
- 運動中にエネルギーを補給したいが、カロリーは摂りたくない
- 減量中で、筋肉の異化を防ぎたい
- 消化器系に問題があり、プロテインを消化しにくい
BCAAと健康
血糖値の調節
BCAAは、インスリンの分泌を促進します。インスリンは、血糖値を下げるホルモンです。このため、食事と一緒にBCAAを摂取すると、食後の血糖値の上昇を抑える効果があります。
肝臓の保護
肝硬変などの肝臓病では、BCAAの血中濃度が低下します。これは、肝臓でのBCAAの代謝が亢進し、また、筋肉での利用が増えるためです。
BCAAのサプリメントは、肝硬変患者の栄養状態を改善し、肝性脳症(肝臓の機能低下により、アンモニアが脳に蓄積して起こる意識障害)を予防する効果があります。
高齢者の筋肉量維持
高齢になると、筋肉量が減少します(サルコペニア)。これは、筋肉の合成が減り、分解が増えるためです。
BCAAは、高齢者の筋肉量の維持に有効です。1日10-15gのBCAA摂取と、軽い運動を組み合わせることで、筋肉量の減少を抑えることができます。
よくある質問
BCAAを飲むだけで筋肉はつきますか?
いいえ。BCAAは、筋肉の合成を促進しますが、それだけで筋肉がつくわけではありません。筋肉をつけるためには、以下の3つが必要です。
- 運動(筋トレ):筋肉に刺激を与える
- 十分なタンパク質摂取:すべてのアミノ酸が必要
- 休息:筋肉が回復・成長する時間
BCAAは、この過程を助ける「補助」です。
BCAAを摂りすぎると危険ですか?
健康な人であれば、通常の用量(1日20g程度まで)では、副作用はほとんど報告されていません。ただし、非常に高用量(1日40g以上)を長期間摂取すると、以下のリスクがあります。
- 他のアミノ酸(トリプトファン、チロシンなど)の吸収が阻害される
- 腎臓に負担がかかる(特に、腎臓病がある人)
BCAAは空腹時に飲んでも良いですか?
はい、BCAAは消化不要で、すぐに吸収されるため、空腹時でも問題ありません。むしろ、空腹時の方が、吸収が速いです。運動前や、朝起きてすぐに飲むのも効果的です。
BCAAとEAAの違いは何ですか?
EAA(Essential Amino Acids)は、9種類の必須アミノ酸すべてを含むサプリメントです。BCAAは、そのうちの3つ(バリン、ロイシン、イソロイシン)だけを含みます。
EAAの方が、筋肉合成には総合的に優れていますが、BCAAの方が、運動中のエネルギー補給や、脳の疲労軽減には効果的といわれています。また、BCAAの方が安価なことが多いです。
ダイエット中もBCAAは必要ですか?
はい。ダイエット中(カロリー制限中)は、筋肉が分解されやすくなります。BCAAを摂取することで、筋肉の異化を防ぎ、筋肉量を維持できます。ダイエット中は、1日10-15gのBCAAを、運動前後や食間に摂取するのが推奨されます。
まとめ
BCAA(分岐鎖アミノ酸)はバリン、ロイシン、イソロイシンの3つで、枝分かれした構造を持ちます。他のアミノ酸は肝臓で処理されますがBCAAは肝臓をスルーして筋肉で直接代謝されエネルギー源として使われます。特にロイシンはmTORという筋肉を作るスイッチを入れる働きがあり、運動後30分以内に摂取すると筋肉合成が促進されます。長時間運動では血糖値を保つ材料になり、脳へのトリプトファン流入を抑えて疲労感を軽減します。
運動前30-60分に4-8g摂取すると筋肉の分解を防ぎ、運動後5-10g摂取で回復を促進します。筋肉痛は20-30%軽減され、鶏むね肉100gに約5.5g、ホエイプロテイン25gに約5.5g含まれます。サプリメントはロイシン:バリン:イソロイシンが2:1:1の比率が推奨され、プロテインより吸収が速くカロリーが低いため運動中や減量中に適しています。
BCAAは血糖値調節にも役立ちインスリン分泌を促進し、肝硬変患者の栄養改善や高齢者の筋肉量維持にも効果的です。運動と十分なタンパク質摂取と組み合わせることで筋肉合成が最大化され、1日20g程度までの摂取は安全ですが過剰摂取は他のアミノ酸吸収を阻害する可能性があります。ダイエット中は1日10-15gで筋肉の異化を防ぎ筋肉量を維持できます。
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参考文献
- 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2025年版)
- Nelson DL, Cox MM. Lehninger Principles of Biochemistry. 8th ed. W.H. Freeman, 2021
- Murray RK, et al. Harper’s Illustrated Biochemistry. 32nd ed. McGraw-Hill Education, 2023
- Hans-Konrad Biesalski, et al. カラーアトラス栄養学. 医学書院
- Shimomura Y, et al. Exercise promotes BCAA catabolism: effects of BCAA supplementation on skeletal muscle during exercise. J Nutr, 2004
- Norton LE, Layman DK. Leucine regulates translation initiation of protein synthesis in skeletal muscle after exercise. J Nutr, 2006
