ご飯1杯から作られるエネルギーはどれくらい?|ATP産生 完全版

私たちが食事をするとき、「エネルギーを摂取している」と何気なく言いますが、具体的に食べ物のどの成分が、どこで、どのようにしてエネルギーに変わるのか、詳しく知っている人は少ないかもしれません。例えば、ご飯1杯に含まれるブドウ糖(グルコース)1個を完全に分解すると、細胞のエネルギー通貨である「ATP」が最大で約32個も作られます。しかし、この32個のATPは、すべて同じ場所で作られるわけではありません。

食べ物からエネルギーを取り出すプロセスは、大きく3つの段階に分かれています。第1段階は「解糖系」で、細胞質でブドウ糖を分解し、2個のATPを生み出します。第2段階は「TCAサイクル(クエン酸回路)」で、ミトコンドリアの内部でさらに2個のATPを作ります。そして第3段階が「電子伝達系」です。ここでは、解糖系とTCAサイクルで取り出された「電子」を使って、なんと約28個ものATPを一気に生産します。つまり、全体の約87%のエネルギーは、この電子伝達系で作られているのです。

この記事では、ブドウ糖1個が完全に分解される全過程を追いながら、どこで何個のATPが作られるのか、なぜ電子伝達系がこれほど効率的なのか、そして呼吸で取り込む酸素がどのように関わっているのかを、詳しく解説します。

エネルギー代謝の3つの段階

全体像:ブドウ糖からATPへの流れ

ブドウ糖(グルコース、C₆H₁₂O₆)が完全に酸化されて、二酸化炭素(CO₂)と水(H₂O)になるまでの過程は、以下の3つの段階に分かれています。

段階 場所 主な反応 ATP生産量
1. 解糖系 細胞質 グルコース → 2ピルビン酸 2 ATP(正味)
2 NADH
2. TCAサイクル ミトコンドリア
(マトリックス)
2ピルビン酸 → 6CO₂ 2 ATP
8 NADH
2 FADH₂
3. 電子伝達系 ミトコンドリア
(内膜)
10 NADH + 2 FADH₂ + 6O₂ → 6H₂O 約28 ATP
合計 C₆H₁₂O₆ + 6O₂ → 6CO₂ + 6H₂O 約32 ATP

NADHとFADH₂:電子の運び屋

解糖系とTCAサイクルでは、ATPを直接作るだけでなく、「NADH」と「FADH₂」という分子も作られます。これらは、「電子の運び屋」です。

  • NADH:NAD⁺(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)に電子(正確には水素原子)が結合した形
  • FADH₂:FAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)に電子が結合した形

これらの運び屋は、食べ物から取り出した電子をミトコンドリアの内膜まで運び、そこで電子を降ろします。この電子が、電子伝達系で大量のATPを生み出す「燃料」になるのです。

第1段階:解糖系(細胞質)

グルコースの分解

解糖系は、細胞質で行われる反応で、1分子のグルコース(C₆)を2分子のピルビン酸(C₃)に分解します。

反応式(簡略版):
グルコース + 2 NAD⁺ + 2 ADP + 2 Pi → 2 ピルビン酸 + 2 NADH + 2 H⁺ + 2 ATP

ATP生産量

  • 直接生産:2 ATP(正味。4個作られるが、2個は反応の初期に消費される)
  • NADH:2 NADH(後で電子伝達系で約5 ATPに変換)

解糖系だけでは、わずか2個のATPしか作られません。しかし、この段階で作られた2個のNADHは、後で電子伝達系に渡されて、さらに約5個のATPを生み出します。

無酸素でも機能する

解糖系は、酸素がなくても進行します。これが「嫌気性代謝」または「無酸素性代謝」と呼ばれる仕組みです。例えば、激しい運動で酸素が不足すると、解糖系だけで2個のATPを作り、ピルビン酸は「乳酸」に変換されます(乳酸発酵)。

第2段階:TCAサイクル(ミトコンドリア内)

ピルビン酸からアセチルCoAへ

解糖系で作られたピルビン酸は、ミトコンドリアの内部(マトリックス)に運ばれます。そこで、「ピルビン酸脱水素酵素複合体」によって、アセチルCoAに変換されます。

反応:
2 ピルビン酸 + 2 NAD⁺ + 2 CoA → 2 アセチルCoA + 2 NADH + 2 CO₂

この反応で、2個のNADHが生成されます。

TCAサイクルの回転

アセチルCoAは、TCAサイクル(クエン酸回路)に入り、8つの酵素反応を経て、完全に分解されます。

1回転あたりの生成物:

  • 3 NADH
  • 1 FADH₂
  • 1 ATP(またはGTP)
  • 2 CO₂

グルコース1分子からは2分子のアセチルCoAが作られるので、TCAサイクルは2回転します。

ATP生産量(TCAサイクル全体)

  • 直接生産:2 ATP
  • NADH:8 NADH(ピルビン酸→アセチルCoAで2個、TCAサイクルで6個)
  • FADH₂:2 FADH₂

TCAサイクルでも、直接作られるATPはわずか2個です。しかし、8個のNADHと2個のFADH₂が、次の電子伝達系で大量のATPを生み出します。

第3段階:電子伝達系(ミトコンドリア内膜)

電子伝達系とは何か

電子伝達系は、ミトコンドリアの内膜に埋め込まれた、一連のタンパク質複合体です。ここで、NADHとFADH₂が運んできた電子が、「電子のリレー」のように次々と渡されていきます。

電子が流れることで放出されるエネルギーを使って、水素イオン(プロトン、H⁺)がミトコンドリアの膜間腔に汲み出されます。すると、膜間腔のプロトン濃度が高くなり、マトリックス側との間に「プロトン勾配(濃度差)」が生じます。このプロトン勾配が、ATPを作るエネルギー源になるのです。

電子伝達系の5つの複合体

電子伝達系は、5つの主要なタンパク質複合体から成り立っています。

複合体 名称 役割 プロトン汲み出し
複合体I NADH脱水素酵素 NADHから電子を受け取る 4 H⁺
複合体II コハク酸脱水素酵素 FADH₂から電子を受け取る 0 H⁺
複合体III シトクロムbc₁複合体 電子を中継する 4 H⁺
複合体IV シトクロムc酸化酵素 電子を酸素に渡す 2 H⁺
複合体V ATP合成酵素 プロトン勾配でATPを合成

電子の流れ:NADHからの経路

NADHから始まる電子の流れは、以下のようになります。

  1. 複合体I:NADHが電子を渡し、NAD⁺に戻る。電子は「ユビキノン(CoQ)」という移動性の分子に渡される。同時に、4個のプロトンが膜間腔に汲み出される
  2. ユビキノン:電子を受け取って「ユビキノール(CoQH₂)」になり、膜の中を移動して複合体IIIに渡す
  3. 複合体III:ユビキノールから電子を受け取り、「シトクロムc」という小さなタンパク質に渡す。同時に、4個のプロトンが膜間腔に汲み出される
  4. シトクロムc:電子を複合体IVに運ぶ
  5. 複合体IV:電子を酸素(O₂)に渡す。酸素は電子とプロトンを受け取って、水(H₂O)になる。同時に、2個のプロトンが膜間腔に汲み出される

NADH 1分子あたり、合計で約10個のプロトンが膜間腔に汲み出されます。

電子の流れ:FADH₂からの経路

FADH₂から始まる電子の流れは、複合体Iを経由せず、複合体IIから始まります。

  1. 複合体II:FADH₂が電子を渡し、FADに戻る。電子はユビキノンに渡される。ただし、複合体IIはプロトンを汲み出さない
  2. 以降は、NADHと同じ経路(ユビキノン → 複合体III → シトクロムc → 複合体IV → 酸素 → 水)

FADH₂ 1分子あたり、合計で約6個のプロトンが膜間腔に汲み出されます(複合体IIIとIVのみ)。

ATP合成酵素:プロトンの逆流でATPを作る

膜間腔に汲み出されたプロトンは、濃度勾配に従って、マトリックス側に戻ろうとします。しかし、ミトコンドリア内膜はプロトンを通しにくいため、プロトンは「ATP合成酵素(複合体V)」という特別な通路を通って戻ります。

ATP合成酵素は、回転式の分子モーターです。プロトンが通過すると、酵素の一部が回転し、その回転エネルギーを使って、ADP(アデノシン二リン酸)とリン酸(Pi)を結合させ、ATP(アデノシン三リン酸)を合成します。

反応:
ADP + Pi + エネルギー(プロトン勾配)→ ATP

約3-4個のプロトンが通過するごとに、1個のATPが合成されると推定されています。

ATP生産量の計算

NADHとFADH₂から、どれだけのATPが作られるかを計算してみましょう。

電子の供給源 汲み出されるプロトン 生成されるATP
NADH 1分子 約10 H⁺ 約2.5 ATP
FADH₂ 1分子 約6 H⁺ 約1.5 ATP

※厳密には、プロトン3個でATP 1個が合成され、さらにATPをミトコンドリア外に輸送するのに1個のプロトンが必要なため、プロトン4個でATP 1個となります。そのため、NADH(10プロトン)からは2.5 ATP、FADH₂(6プロトン)からは1.5 ATPとなります。

グルコース1分子あたりの電子伝達系でのATP生産

解糖系とTCAサイクルで生成されたNADHとFADH₂を電子伝達系に渡すと、以下のようになります。

供給源 数量 ATP生産量
解糖系由来のNADH 2 2 × 2.5 = 5 ATP
ピルビン酸→アセチルCoA由来のNADH 2 2 × 2.5 = 5 ATP
TCAサイクル由来のNADH 6 6 × 2.5 = 15 ATP
TCAサイクル由来のFADH₂ 2 2 × 1.5 = 3 ATP
合計 約28 ATP

※解糖系由来のNADHは、細胞質で作られるため、ミトコンドリアに入るのに「グリセロールリン酸シャトル」または「リンゴ酸-アスパラギン酸シャトル」という仕組みが必要です。シャトルの種類によって、ATP生産量が若干異なりますが、ここでは標準的な値を使用しています。

全体のATP収支

グルコース1分子の完全酸化

段階 直接生産ATP NADH由来ATP FADH₂由来ATP 小計
解糖系 2 5(2 NADH) 7
ピルビン酸→アセチルCoA 5(2 NADH) 5
TCAサイクル 2 15(6 NADH) 3(2 FADH₂) 20
合計 4 25 3 約32 ATP

電子伝達系の圧倒的な効率

全体の約32個のATPのうち、約28個(87.5%)が電子伝達系で作られています。つまり、直接ATPを作る解糖系やTCAサイクルよりも、電子を利用する電子伝達系の方が、圧倒的に効率が良いのです。

酸素の役割:最終電子受容体

なぜ呼吸で酸素が必要なのか

電子伝達系の最後で、電子は酸素(O₂)に渡されます。酸素は、電子とプロトンを受け取って、水(H₂O)になります。

反応:
O₂ + 4 e⁻ + 4 H⁺ → 2 H₂O

もし酸素がないと、電子を受け取る場所がなくなり、電子伝達系全体が止まってしまいます。すると、NADHとFADH₂が蓄積し、TCAサイクルも解糖系も進行できなくなります。結果として、ATPが作られず、細胞は機能を失います。

これが、私たちが呼吸で酸素を取り込む理由です。酸素は、食べ物を燃やすための「燃焼剤」ではなく、電子の「最終受容体」なのです。

運動と酸素消費

激しい運動をすると、筋肉がたくさんのATPを必要とします。そのため、電子伝達系が活発に働き、多くの酸素が消費されます。これが、運動すると呼吸が速くなる理由です。

シアン化物と一酸化炭素の毒性

シアン化物(CN⁻)と一酸化炭素(CO)は、複合体IVを阻害し、酸素が電子を受け取れなくします。これにより、電子伝達系が完全に停止し、細胞は数分以内にATP不足で死んでしまいます。これらの物質が猛毒である理由は、ここにあります。

無酸素状態との比較

無酸素呼吸(発酵)

酸素がない場合、電子伝達系は機能しません。細胞は、解糖系だけでATPを作ります。

反応(乳酸発酵):
グルコース → 2 ピルビン酸 → 2 乳酸 + 2 ATP

無酸素呼吸では、グルコース1分子からわずか2個のATPしか得られません。

効率の比較

条件 ATP生産量 効率
有酸素呼吸(完全酸化) 約32 ATP 100%
無酸素呼吸(発酵) 2 ATP 6.25%

有酸素呼吸は、無酸素呼吸の約16倍も効率的です。これが、ほとんどの生物が酸素呼吸を進化させた理由です。

よくある質問

なぜ「約32 ATP」と言うのですか?正確な数ではないのですか?

ATP生産量は、細胞の種類、代謝状態、シャトルシステムの種類によって変動するため、「約32」と表現されます。教科書によっては「30-32 ATP」や「29-30 ATP」と記載されることもあります。また、プロトン勾配を維持するためのエネルギーコストや、ATPの輸送コストなども考慮すると、実際の正味ATP生産量は若干少なくなります。

ご飯(米)のカロリーとATPの関係は?

ご飯1杯(約150g)には、約55gの炭水化物(主にデンプン)が含まれています。デンプンは消化されてグルコースになります。55gのグルコース = 約0.3モル = 約1.8×10²³個のグルコース分子です。これがすべて完全酸化されると、約32倍のATP、つまり約5.8×10²⁴個のATPが作られます。ATP 1個のエネルギーは約30.5 kJ/molなので、合計で約300 kJのエネルギーが利用可能になります。ただし、実際にはすべてのグルコースが即座に酸化されるわけではなく、一部はグリコーゲンや脂肪として貯蔵されます。

電子伝達系が止まるとどうなりますか?

電子伝達系が止まると、NADHとFADH₂が蓄積し、TCAサイクルと解糖系も停止します。細胞はATP不足に陥り、イオンポンプやタンパク質合成などのエネルギーを必要とする機能が停止します。特に、脳や心臓など、常に大量のATPを必要とする臓器では、数分以内に不可逆的な損傷が起こります。これが、心停止や窒息が致命的である理由です。

なぜ電子伝達系はミトコンドリアの内膜にあるのですか?

プロトン勾配を作るには、プロトンを通さない「密閉された膜」が必要です。ミトコンドリア内膜は、非常に密で、プロトンをほとんど通しません。また、内膜の表面積を増やすために「クリステ」という折りたたみ構造を持ち、これにより多くの電子伝達系複合体を配置できます。つまり、ミトコンドリア内膜は、効率的にATPを作るために最適化された構造なのです。

運動選手が高地トレーニングをする理由は?

高地では酸素濃度が低いため、体は酸素を効率的に利用する能力を高めようとします。具体的には、赤血球の数が増え、ミトコンドリアの数や酵素活性が向上します。これにより、同じ量の酸素でより多くのATPを作れるようになり、持久力が向上します。ただし、高地トレーニングの効果は、平地に戻った後、数週間で減少します。

まとめ

グルコース1分子の完全酸化では解糖系で2ATP(正味)と2NADH、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換で2NADH、TCAサイクルで2ATPと6NADHと2FADH₂が生成され、電子伝達系で10NADHから約25ATP、2FADH₂から約3ATPが生成されて合計約32ATPが得られます。電子伝達系はミトコンドリア内膜の複合体I(NADH脱水素酵素)、複合体II(コハク酸脱水素酵素)、複合体III(シトクロムbc₁)、複合体IV(シトクロムc酸化酵素)、複合体V(ATP合成酵素)で構成され、NADHは複合体Iで酸化されて電子をユビキノンに渡し約10個のプロトンを膜間腔に汲み出し、FADH₂は複合体IIで酸化されて約6個のプロトンを汲み出します。電子はユビキノン→複合体III→シトクロムc→複合体IV→酸素→水と流れ、プロトン勾配がATP合成酵素を回転させてADP+Pi→ATPを合成します。

NADH 1分子あたり約10プロトンで約2.5ATP、FADH₂ 1分子あたり約6プロトンで約1.5ATPが生成され、電子伝達系は全体の約28ATP(87.5%)を生産して圧倒的に効率的です。酸素は電子伝達系の最終電子受容体として4電子+4プロトンを受け取って2水分子になり、酸素がないと電子の流れが止まりNADH・FADH₂が蓄積してTCAサイクルと解糖系も停止します。無酸素呼吸(発酵)では解糖系のみでグルコース1分子から2ATPしか得られず、有酸素呼吸は16倍効率的です。シアン化物と一酸化炭素は複合体IVを阻害して電子伝達系を停止させ細胞をATP不足で死滅させます。運動時は筋肉のATP需要増加で電子伝達系が活発化し酸素消費が増え呼吸が速くなり、高地トレーニングは低酸素環境で赤血球数増加とミトコンドリア機能向上により酸素利用効率を高めます。

次に読むと理解が深まる記事

参考文献

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2025年版)
  2. Nelson DL, Cox MM. Lehninger Principles of Biochemistry. 8th ed. W.H. Freeman, 2021
  3. Rich PR. The molecular machinery of Keilin’s respiratory chain. Biochem Soc Trans, 2003
  4. Hinkle PC. P/O ratios of mitochondrial oxidative phosphorylation. Biochim Biophys Acta, 2005
水流琴音(つることね)

管理栄養士|分子栄養学と料理を理論から実践に落とし込んだおうちごはんが得意。栄養のいろはを詰めこんだ理系のごはん作りが好き。

関連記事