「最近、よく眠れない」「なんだか気分が落ち込む」—そんな悩みを抱えている人は、もしかしたら「トリプトファン」が不足しているかもしれません。
トリプトファンは、必須アミノ酸の一つで、食事から摂取しなければならない栄養素です。このトリプトファンが、体内で「セロトニン」という物質に変わります。セロトニンは、「幸せホルモン」とも呼ばれ、気分を明るくしたり、食欲を調整したり、心を落ち着かせたりする働きがあります。そして、夜になると、セロトニンはさらに「メラトニン」という睡眠ホルモンに変わり、深い眠りを促します。
この記事では、トリプトファンとは何か、どのようにしてセロトニンに変わるのか、セロトニンとメラトニンの働き、睡眠と気分への影響、どんな食品に含まれているのか、効果的な摂り方について、わかりやすく解説します。
トリプトファンとは
必須アミノ酸
トリプトファンは、20種類あるアミノ酸のうちの一つで、「必須アミノ酸」に分類されます。必須アミノ酸とは、体内で合成できないため、食事から摂取しなければならないアミノ酸のことです。
必須アミノ酸は、全部で9種類あります。
- ヒスチジン
- イソロイシン
- ロイシン
- リジン
- メチオニン
- フェニルアラニン
- トレオニン
- トリプトファン
- バリン
トリプトファンの化学構造
トリプトファンは、「芳香族アミノ酸」の一つで、分子の中に「インドール環」という複雑な構造を持っています。この構造が、トリプトファンを特別なアミノ酸にしています。
体内での役割
トリプトファンは、以下のような役割を果たします。
- タンパク質の材料:すべてのタンパク質に含まれる
- セロトニンの前駆体:脳内でセロトニンに変換される
- メラトニンの前駆体:セロトニンから、さらにメラトニンに変換される
- ナイアシン(ビタミンB3)の材料:トリプトファンから、ナイアシンが合成される(ただし、効率は低い)
トリプトファンからセロトニンへの変換
変換の流れ
トリプトファンが、セロトニンに変わるまでには、2つのステップがあります。
- トリプトファン → 5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)
- 5-HTP → セロトニン(5-ヒドロキシトリプタミン、5-HT)
ステップ1:トリプトファンから5-HTPへ
トリプトファンは、脳内で「トリプトファン水酸化酵素(TPH)」という酵素によって、5-HTPに変換されます。
反応:
トリプトファン + O₂ + テトラヒドロビオプテリン(補酵素)→ 5-HTP + H₂O
この反応は、「律速段階」と呼ばれ、セロトニン合成の速度を決める、最も重要なステップです。トリプトファンの濃度が低いと、この反応が遅くなり、セロトニンが十分に作られません。
ステップ2:5-HTPからセロトニンへ
5-HTPは、「芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)」という酵素によって、セロトニンに変換されます。
反応:
5-HTP → セロトニン + CO₂
この反応には、「ビタミンB6(ピリドキサール5′-リン酸)」が補酵素として必要です。ビタミンB6が不足すると、セロトニンの合成がうまくいきません。
変換が起こる場所
トリプトファンからセロトニンへの変換は、主に以下の場所で起こります。
- 脳内:中枢神経系のセロトニン神経細胞(縫線核など)
- 腸管:腸管クロム親和性細胞(実は、体内のセロトニンの約90%は腸で作られる)
ただし、腸で作られたセロトニンは、「血液脳関門(BBB)」を通過できないため、脳には届きません。脳内のセロトニンは、脳内で作られたトリプトファンから、脳内で合成される必要があります。
セロトニンの働き
神経伝達物質
セロトニンは、「神経伝達物質」の一つです。神経伝達物質とは、脳内で神経細胞同士が情報をやり取りするときに使う、化学物質のことです。
セロトニンは、脳の「セロトニン神経」から放出され、以下のような働きをします。
気分の調節
セロトニンは、気分を「安定」させ、「幸福感」を高める働きがあります。セロトニンが不足すると、以下のような症状が現れます。
- 気分の落ち込み
- 不安感
- イライラ
- うつ症状
実際、抗うつ薬の多くは、「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」と呼ばれ、脳内のセロトニンの濃度を高めることで、うつ症状を改善します。
食欲の調節
セロトニンは、視床下部の「満腹中枢」に作用して、食欲を抑えます。セロトニンが不足すると、満腹感を感じにくくなり、過食になりやすくなります。
特に、炭水化物(糖質)への欲求が強くなります。これは、炭水化物を食べると、後述するように、トリプトファンが脳に入りやすくなり、セロトニンが増えるためです。体が、無意識に、セロトニンを増やそうとしているのです。
睡眠の調節
セロトニンは、日中に作られて、覚醒状態を維持します。そして、夜になると、セロトニンは「メラトニン」という睡眠ホルモンに変換されます(詳しくは後述)。
その他の働き
- 痛みの調節:セロトニンは、痛みを感じにくくする
- 体温調節:体温を上げる
- 消化管の運動:腸のセロトニンは、腸の蠕動運動を促進する
セロトニンからメラトニンへ
変換の流れ
夜になると、セロトニンは、「メラトニン」に変換されます。この変換は、主に脳の「松果体(しょうかたい)」という小さな器官で起こります。
変換の2ステップ:
- セロトニン → N-アセチルセロトニン:セロトニンN-アセチルトランスフェラーゼ(AANAT)という酵素が働く
- N-アセチルセロトニン → メラトニン:ヒドロキシインドール-O-メチルトランスフェラーゼ(HIOMT)という酵素が働く
光による調節
メラトニンの合成は、「光」によって調節されています。
- 日中(明るいとき):AANATの活性が抑えられる → メラトニンが作られない → 覚醒状態
- 夜間(暗いとき):AANATの活性が高まる → メラトニンが作られる → 眠気
この仕組みを「概日リズム(サーカディアンリズム)」と呼びます。私たちの体は、光の明暗に合わせて、自然に眠くなったり、目が覚めたりするようにできているのです。
メラトニンの働き
睡眠ホルモン
メラトニンは、「睡眠ホルモン」として知られています。夜になって、メラトニンの濃度が上がると、以下のような変化が起こります。
- 体温が下がる
- 血圧が下がる
- 心拍数が下がる
- 副交感神経が優位になる(リラックスモード)
- 眠気が強くなる
メラトニンの分泌は、だいたい夜の9-10時頃から始まり、夜中の2-3時頃にピークを迎え、朝方には低下します。
抗酸化作用
メラトニンは、強力な「抗酸化物質」でもあります。体内の活性酸素を消去して、細胞を酸化ストレスから守ります。この抗酸化作用は、ビタミンCやビタミンEよりも強いと言われています。
免疫機能の調節
メラトニンは、免疫細胞の働きを高めます。夜間にメラトニンが分泌されることで、免疫系が活性化され、感染症から体を守ります。
トリプトファンが脳に入る仕組み
血液脳関門(BBB)
脳は、体の中でも特に重要な臓器なので、「血液脳関門(Blood-Brain Barrier, BBB)」という、厳重なバリアで守られています。血液中の物質のうち、脳に必要なものだけが、このバリアを通過できます。
トリプトファンは、BBBを通過できる物質の一つですが、そのためには「輸送体(トランスポーター)」を使う必要があります。
中性アミノ酸との競合
トリプトファンは、「大型中性アミノ酸トランスポーター(LAT1)」という輸送体を使って、BBBを通過します。
問題は、このLAT1を、他の中性アミノ酸も使うということです。
競合する主なアミノ酸:
- バリン
- ロイシン
- イソロイシン
- フェニルアラニン
- チロシン
これらのアミノ酸が血液中に多いと、トリプトファンがLAT1を使えず、脳に入りにくくなります。逆に、これらのアミノ酸が少ないと、トリプトファンが脳に入りやすくなります。
炭水化物の役割
ここで、興味深い現象があります。炭水化物(糖質)を食べると、トリプトファンが脳に入りやすくなるのです。
仕組み:
- 炭水化物を食べる
- 血糖値が上がる
- 膵臓から「インスリン」が分泌される
- インスリンが、筋肉に、バリン、ロイシン、イソロイシンなどの「分岐鎖アミノ酸(BCAA)」を取り込ませる
- 血液中のBCAAが減る
- LAT1でのトリプトファンの競合が減る
- トリプトファンが、脳に入りやすくなる
- 脳内のセロトニンが増える
これが、「炭水化物を食べると、眠くなる」理由の一つです。
トリプトファンが豊富な食品
食品中のトリプトファン含有量
| 食品 | 1食分の量 | トリプトファン含有量(mg) |
|---|---|---|
| 鶏むね肉 | 100g | 約270 |
| 豚ロース | 100g | 約280 |
| 牛もも肉 | 100g | 約260 |
| カツオ | 100g | 約310 |
| マグロ | 100g | 約300 |
| サケ | 100g | 約250 |
| 卵 | 1個(50g) | 約90 |
| 牛乳 | コップ1杯(200mL) | 約80 |
| ヨーグルト | 100g | 約50 |
| チーズ | 20g | 約60 |
| 納豆 | 1パック(50g) | 約120 |
| 豆腐 | 半丁(150g) | 約100 |
| バナナ | 1本(100g) | 約10 |
| アーモンド | 20粒(25g) | 約60 |
| カシューナッツ | 20粒(30g) | 約90 |
バナナの誤解
「バナナを食べると、よく眠れる」という話を聞いたことがあるかもしれません。これは、バナナにトリプトファンが含まれているから、という理由で語られることが多いのですが、実は、バナナのトリプトファン含有量は、それほど多くありません(1本あたり約10mg)。
バナナが睡眠に良いとされる理由は、他にもあります。
- 炭水化物が豊富で、トリプトファンが脳に入りやすくなる
- ビタミンB6が豊富で、セロトニンの合成を助ける
- マグネシウムが含まれており、筋肉をリラックスさせる
トリプトファンの推奨摂取量
日本人の食事摂取基準
日本人の食事摂取基準(2025年版)では、トリプトファンの推奨量は明示されていませんが、「タンパク質の質」を評価する際の基準として、以下の値が示されています。
成人の必要量:体重1kgあたり4mg/日
例:体重60kgの成人 → 4mg × 60kg = 240mg/日
睡眠改善のための推奨量
睡眠の質を改善するためには、夕食で300-500mgのトリプトファンを摂取するのが推奨されます。
例:鶏むね肉100g(270mg)+ 納豆1パック(120mg)= 390mg
効果的な摂り方
夕食で摂る
トリプトファンからセロトニン、そしてメラトニンに変換されるまでには、数時間かかります。そのため、夕食でトリプトファンを摂取すると、夜にメラトニンの分泌が高まり、よく眠れるようになります。
炭水化物と一緒に摂る
前述の通り、炭水化物と一緒にトリプトファンを摂ると、脳へのトリプトファンの取り込みが高まります。
理想的な夕食の例:
- ごはん(炭水化物)+ 焼き魚(トリプトファン)+ 味噌汁
- パスタ(炭水化物)+ 鶏肉(トリプトファン)+ サラダ
ビタミンB6と一緒に摂る
セロトニンの合成には、ビタミンB6が必要です。ビタミンB6が豊富な食品も、一緒に摂りましょう。
ビタミンB6が豊富な食品:
- バナナ
- マグロ
- 鶏むね肉
- サツマイモ
- アボカド
朝日を浴びる
朝、目が覚めたら、カーテンを開けて、朝日を浴びましょう。これにより、体内時計がリセットされ、セロトニンの合成が促進されます。そして、その14-16時間後に、メラトニンの分泌が始まり、自然に眠くなります。
運動
適度な運動(ウォーキング、ジョギング、ヨガなど)は、セロトニンの分泌を促進します。特に、日中に太陽の光を浴びながら運動すると、効果的です。
トリプトファン不足の影響
不眠
トリプトファンが不足すると、セロトニンとメラトニンが十分に作られず、以下のような睡眠障害が起こります。
- 寝つきが悪い
- 夜中に何度も目が覚める
- 朝早く目が覚めてしまう
- 眠りが浅い
うつ症状
セロトニンが不足すると、以下のような精神症状が現れます。
- 気分の落ち込み
- やる気が出ない
- 不安感
- イライラ
- 集中力の低下
過食
セロトニンが不足すると、満腹感を感じにくくなり、特に炭水化物(甘いものや、ごはん、パンなど)を過剰に食べてしまいます。
サプリメント
トリプトファンサプリメント
トリプトファンのサプリメントは、睡眠障害やうつ症状の改善に使われることがあります。
用量:1日500-1000mg(就寝1-2時間前)
注意点:
- 抗うつ薬(SSRI、MAO阻害薬など)と併用すると、「セロトニン症候群」という危険な状態になる可能性がある。必ず医師に相談する
- 妊娠中・授乳中の安全性は確立されていない
5-HTPサプリメント
5-HTP(5-ヒドロキシトリプトファン)のサプリメントも販売されています。5-HTPは、トリプトファンの一歩先の物質で、より直接的にセロトニンに変換されます。
用量:1日50-300mg
トリプトファンよりも、脳に入りやすく、効果が強いとされていますが、副作用(吐き気、下痢など)も出やすいため、注意が必要です。
よくある質問
トリプトファンを摂れば、すぐに眠れますか?
いいえ。トリプトファンからセロトニン、そしてメラトニンに変換されるまでには、数時間かかります。すぐに眠りたい場合は、トリプトファンではなく、メラトニンのサプリメントの方が効果的です。ただし、メラトニンは、日本では医薬品扱いで、サプリメントとしては販売されていません。
トリプトファンを摂りすぎると危険ですか?
通常の食事から摂取する範囲では、問題ありません。ただし、サプリメントで高用量(1日3g以上)を長期間摂取すると、以下のリスクがあります。
- 好酸球増加・筋肉痛症候群(EMS):1980年代に、汚染されたトリプトファンサプリメントで発生した
- セロトニン症候群:抗うつ薬と併用した場合
トリプトファンは、日中に摂っても良いですか?
はい。日中にトリプトファンを摂ると、セロトニンが作られて、気分が安定します。ただし、夕食で摂る方が、夜のメラトニン分泌を高めるため、睡眠には効果的です。
子どもにもトリプトファンは必要ですか?
はい。子どもは、成長のために、大人よりも多くのタンパク質(アミノ酸)が必要です。トリプトファンも、セロトニンの合成や、成長ホルモンの分泌に重要です。バランスの良い食事を心がけてください。
ベジタリアンやビーガンでも、トリプトファンは十分摂れますか?
はい。大豆製品(豆腐、納豆、豆乳)、ナッツ、種子類にも、トリプトファンは含まれています。ただし、動物性食品よりは含有量が少ないため、意識して摂取する必要があります。
まとめ
トリプトファンは体内で段階的に変化してセロトニンという幸せホルモンになり、気分や食欲、睡眠を調整します。トリプトファンが5-ヒドロキシトリプトファンを経てセロトニンに変わり、夜になるとセロトニンがさらにメラトニンという睡眠ホルモンに変わって眠りを促します。この変換にはビタミンB6が必要で不足するとセロトニン合成が妨げられます。セロトニンは気分を安定させ幸福感を高め、不足すると落ち込み、不安、イライラ、うつ症状が現れます。
トリプトファンは脳に入るとき他の中性アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)と競争するため、炭水化物と一緒に食べるとインスリンが他のアミノ酸を筋肉に取り込み相対的にトリプトファンが脳に入りやすくなります。これが炭水化物を食べると眠くなる理由の一つです。鶏むね肉100gに約270mg、カツオ100gに約310mg、納豆1パックに約120mg含まれ、成人は体重1kgあたり4mg/日が必要です。睡眠改善には夕食で300-500mg摂取が推奨されます。
夕食でトリプトファンを炭水化物やビタミンB6と一緒に摂り、朝日を浴びて適度な運動をするとセロトニン分泌が促進されます。不足すると不眠、うつ症状、過食が起こり、サプリメントは1日500-1000mgが目安ですが抗うつ薬との併用でセロトニン症候群のリスクがあるため医師相談が必須です。バナナは含有量は少ないですが炭水化物とビタミンB6が豊富で睡眠に良い効果があります。
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参考文献
- 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2025年版)
- Nelson DL, Cox MM. Lehninger Principles of Biochemistry. 8th ed. W.H. Freeman, 2021
- Murray RK, et al. Harper’s Illustrated Biochemistry. 32nd ed. McGraw-Hill Education, 2023
- Hans-Konrad Biesalski, et al. カラーアトラス栄養学. 医学書院
- Richard DM, et al. L-Tryptophan: Basic Metabolic Functions, Behavioral Research and Therapeutic Indications. Int J Tryptophan Res, 2009
- Fernstrom JD, Wurtman RJ. Brain serotonin content: physiological regulation by plasma neutral amino acids. Science, 1972
