ビタミンAの3つの形態と役割|レチノール・レチナール・レチノイン酸

「ビタミンA」と一口に言っても、実は体内では3つの異なる形態として存在し、それぞれが全く異なる役割を担っていることをご存知でしょうか。多くの人が「ビタミンAは目に良い」というイメージを持っていますが、それは3つの形態のうちの1つ、「レチナール」の働きに過ぎません。実際には、ビタミンAは視覚だけでなく、皮膚や粘膜の健康維持、免疫機能の調節、胚の正常な発達など、生命維持に不可欠な多様な役割を果たしているのです。

ビタミンAの3つの形態とは、「レチノール」「レチナール」「レチノイン酸」です。レチノールは主に肝臓での貯蔵と血液中での輸送を担い、レチナールは網膜で光を感知して視覚を生み出し、レチノイン酸は細胞の核内で遺伝子の発現を調節します。これら3つの形態は相互に変換可能ですが、一部の変換は一方向のみで、特にレチノイン酸は一度生成されると、レチナールやレチノールには戻れません。この不可逆性が、レチノイン酸の過剰摂取が引き起こす催奇形性(胎児の奇形)の原因にもなっています。

この記事では、レチノール、レチナール、レチノイン酸のそれぞれの化学的特徴、体内での役割、相互変換のメカニズム、そして不足と過剰がもたらす健康影響について、詳しく解説します。

3つの形態の化学構造

基本構造の共通点

レチノール、レチナール、レチノイン酸は、すべて同じ基本骨格を持っています。

  • β-イオノン環:6員環の環状構造
  • ポリエン側鎖:共役二重結合(交互に並ぶ単結合と二重結合)を持つ炭素鎖
  • 分子式:C₂₀(炭素20個)

3つの形態の違いは、側鎖の末端にある「官能基(機能を持つ原子団)」だけです。

化学構造の違い

形態 化学名 分子式 末端官能基
レチノール all-trans-retinol C₂₀H₃₀O アルコール基(-CH₂OH)
レチナール all-trans-retinal または 11-cis-retinal C₂₀H₂₈O アルデヒド基(-CHO)
レチノイン酸 all-trans-retinoic acid C₂₀H₂₈O₂ カルボン酸基(-COOH)

つまり、アルコール(-OH)→ アルデヒド(-CHO)→ カルボン酸(-COOH)という酸化の程度の違いです。

幾何異性体

さらに、これらの分子には「幾何異性体(cis-trans異性体)」が存在します。共役二重結合の周りで、原子団が同じ側にあるか(cis)、反対側にあるか(trans)によって、構造が異なります。

主な異性体

  • all-trans型:すべての二重結合がtrans型。最も安定で一般的
  • 11-cis型:11位の二重結合がcis型。視覚に特異的
  • 9-cis型:9位の二重結合がcis型。RXR受容体のリガンド
  • 13-cis型:13位の二重結合がcis型。ニキビ治療薬イソトレチノイン

形態1:レチノール(貯蔵・輸送型)

レチノールの役割

レチノールは、ビタミンAの「基本形」であり、以下の役割を担います。

  1. 貯蔵:肝臓でレチニルエステルとして貯蔵される
  2. 輸送:血液中でRBP(レチノール結合タンパク質)に結合して全身に運ばれる
  3. 前駆体:レチナールやレチノイン酸に変換される材料

肝臓での貯蔵

肝臓の肝星細胞では、レチノールが脂肪酸(主にパルミチン酸)と結合して、「レチニルエステル」として貯蔵されます。

反応:レチノール + パルミチン酸 →(LRAT酵素)→ パルミチン酸レチニル

レチニルエステルは、レチノールより疎水性が高く、脂肪滴に安定に保存できます。健康な成人の肝臓には、約300-900mgのビタミンAが貯蔵されており、これは数ヶ月から1年分の必要量に相当します。

血中輸送

肝臓から動員されたレチノールは、「レチノール結合タンパク質(RBP)」に1:1で結合します。RBP-レチノール複合体は、さらに「トランスサイレチン(TTR)」と結合して、血液中を循環します。

RBP-レチノール-TTR複合体の役割:

  • レチノールを水溶性にして血液中を運ぶ
  • レチノールを酸化や分解から保護する
  • 腎臓での濾過を防ぐ(TTRと結合することで分子量が大きくなる)

血中レチノール濃度は、肝臓の貯蔵量が十分な限り、かなり一定に保たれます(約1.5-2.5 μmol/L、40-70 μg/dL)。

細胞への供給

組織の細胞表面には、「STRA6」というレチノール輸送受容体があります。STRA6は、RBP-レチノール-TTR複合体を認識し、レチノールだけを細胞内に取り込みます。空になったRBPは血液中に戻り、肝臓で分解されるか、再利用されます。

形態2:レチナール(視覚型)

レチナールの2つの形

レチナールには、主に2つの幾何異性体があります。

異性体 存在場所 役割
all-trans-レチナール 全身の組織 レチノイン酸への前駆体
11-cis-レチナール 網膜 視覚色素(ロドプシン)の構成成分

視覚における役割

11-cis-レチナールは、視覚に不可欠です。網膜の視細胞(桿体細胞と錐体細胞)で、「オプシン」というタンパク質と結合して、視覚色素を形成します。

  • 桿体細胞:11-cis-レチナール + ロドプシン → ロドプシン(暗所での視覚)
  • 錐体細胞:11-cis-レチナール + コーンオプシン → コーンオプシン(明所での色覚)

視覚サイクル(簡略版)

  1. 暗所:11-cis-レチナールがオプシンと結合してロドプシンを形成
  2. 光が当たる:11-cis-レチナールがall-trans-レチナールに異性化(構造変化)
  3. 構造変化:オプシンの構造が変わり、シグナル伝達が開始される
  4. 視覚信号:脳に「光を感じた」というシグナルが伝わる
  5. 再生:all-trans-レチナールが網膜色素上皮(RPE)で11-cis-レチナールに戻される

このサイクルが、1秒間に何千回も繰り返されることで、私たちは連続的な視覚を得ています。

夜盲症とビタミンA不足

ビタミンAが不足すると、11-cis-レチナールが十分に供給されず、ロドプシンが再生できなくなります。その結果、暗所での視力が低下する「夜盲症(night blindness)」が起こります。

夜盲症は、ビタミンA欠乏の最も早期の症状の1つで、暗い場所に入ったときに目が慣れるのに時間がかかる、夜間の運転が困難になる、などの症状が現れます。

形態3:レチノイン酸(遺伝子調節型)

レチノイン酸の生成

レチノールは、以下の2段階の酸化反応でレチノイン酸に変換されます。

  1. レチノール → レチナール:レチノール脱水素酵素(RDH)による酸化(可逆的)
    反応:レチノール + NAD⁺ → レチナール + NADH + H⁺
  2. レチナール → レチノイン酸:レチナール脱水素酵素(RALDH)による酸化(不可逆的)
    反応:レチナール + NAD⁺ + H₂O → レチノイン酸 + NADH + H⁺

重要:2段階目の反応は不可逆的です。つまり、一度レチノイン酸になると、レチナールやレチノールには戻れません。

核内受容体への結合

レチノイン酸は、細胞の核内にある2種類の受容体に結合します。

受容体 リガンド 役割
RAR(レチノイン酸受容体)
α, β, γの3種類
all-trans-レチノイン酸
9-cis-レチノイン酸
主要な転写調節
RXR(レチノイドX受容体)
α, β, γの3種類
9-cis-レチノイン酸 RARとヘテロダイマー形成
他の核内受容体とも協調

RARとRXRは、ヘテロダイマー(RAR-RXR)を形成し、DNA上の「レチノイン酸応答配列(RARE)」に結合します。これにより、数百もの遺伝子の発現が調節されます。

レチノイン酸の多様な役割

1. 細胞分化の調節

レチノイン酸は、細胞が特定の機能を持った細胞に分化するプロセスを調節します。

  • 上皮細胞の分化:皮膚、気道、消化管の上皮細胞が正常に分化し、粘液を分泌する
  • 免疫細胞の分化:T細胞がヘルパーT細胞や制御性T細胞に分化する
  • 神経細胞の分化:神経幹細胞がニューロンに分化する

ビタミンAが不足すると、上皮細胞が角質化し、粘液分泌が減少します。その結果、皮膚の乾燥、気道感染症、消化管の機能低下などが起こります。

2. 胚発生の調節

レチノイン酸は、胚の正常な発達に不可欠です。

  • 前後軸の形成:頭側と尾側を決定する
  • 四肢の発生:手足の指の形成
  • 心臓の発生:心室と心房の分化
  • 神経管の形成:脳と脊髄の発達
  • 目の発生:眼球、網膜、水晶体の形成

妊娠初期(特に3-8週)にビタミンAが不足すると、胚の発達が阻害され、奇形のリスクが高まります。一方、レチノイン酸が過剰でも、同様に奇形(特に心臓、神経、顔面の奇形)を引き起こします。

3. 免疫機能の調節

レチノイン酸は、免疫系に多面的な影響を与えます。

  • T細胞の分化:ナイーブT細胞が、Th1、Th2、Th17、制御性T細胞に分化するプロセスを調節
  • IgA産生:腸管でIgA抗体の産生を促進し、粘膜免疫を強化
  • 自然免疫:マクロファージの活性化、抗菌ペプチドの産生

ビタミンA不足では、感染症(特に呼吸器感染症、下痢)のリスクが増加します。WHOは、発展途上国の子供にビタミンAサプリメントを投与することで、感染症による死亡率が約25%減少すると推定しています。

4. 骨代謝の調節

レチノイン酸は、骨芽細胞(骨を作る細胞)と破骨細胞(骨を壊す細胞)の両方の分化と活動を調節します。

  • 適量:骨の成長と再構築を正常に保つ
  • 不足:骨の成長が阻害される
  • 過剰:破骨細胞の活動が過剰になり、骨密度が低下する

高用量のビタミンAサプリメント(>3,000 μgRAE/日)を長期間摂取すると、骨粗鬆症や骨折のリスクが増加することが報告されています。

5. 視覚以外の目の健康

レチノイン酸は、涙腺の機能、角膜の上皮細胞の維持にも重要です。ビタミンA欠乏では、「眼球乾燥症(xerophthalmia)」が起こり、重症化すると失明に至ります。

段階:

  1. 夜盲症
  2. 結膜の乾燥(結膜乾燥症)
  3. 角膜の乾燥と混濁(角膜乾燥症)
  4. 角膜軟化症(keratomalacia)→ 失明

WHOによると、世界で毎年約25-50万人の子供が、ビタミンA欠乏による失明を経験しています。

レチノイン酸の分解

レチノイン酸は、「シトクロムP450酵素(CYP26A1、CYP26B1、CYP26C1)」によって分解されます。

反応:レチノイン酸 → 4-ヒドロキシレチノイン酸 → さらなる極性の高い代謝物

興味深いことに、レチノイン酸自身がCYP26の発現を増加させます。つまり、「自分を分解する酵素を増やす」というネガティブフィードバックです。これにより、レチノイン酸の濃度が過剰にならないよう調節されています。

3つの形態の相互変換

変換の方向性

変換 酵素 可逆性
レチノール ⇄ レチナール RDH(レチノール脱水素酵素) 可逆的
レチナール → レチノイン酸 RALDH(レチナール脱水素酵素) 不可逆的
レチノイン酸 → 代謝物 CYP26(シトクロムP450) 不可逆的(分解)

つまり、レチノールとレチナールは相互に変換できますが、一度レチノイン酸になると、元には戻れません。

組織特異的な変換

3つの形態への変換は、組織によって異なります。

組織 主な形態 役割
肝臓 レチニルエステル、レチノール 貯蔵、輸送
網膜 11-cis-レチナール 視覚
皮膚 レチノイン酸 上皮細胞の分化
レチノイン酸 発生の調節
免疫組織 レチノイン酸 T細胞の分化

不足と過剰の影響

ビタミンA欠乏症

症状 影響を受ける形態 メカニズム
夜盲症 レチナール ロドプシンの再生不足
眼球乾燥症 レチノイン酸 角膜上皮細胞の角質化
皮膚の乾燥、角質化 レチノイン酸 上皮細胞の分化異常
気道感染症増加 レチノイン酸 気道上皮の粘液分泌減少
免疫力低下 レチノイン酸 T細胞分化の異常
成長遅延 レチノイン酸 骨の成長阻害

ビタミンA過剰症

症状 原因となる形態 メカニズム
催奇形性(胎児の奇形) レチノイン酸 胚発生の異常な調節
骨密度低下、骨折 レチノイン酸 破骨細胞の過剰活性化
肝障害 レチニルエステル 肝星細胞の線維化
頭痛、吐き気、めまい レチノール 頭蓋内圧の上昇
皮膚の乾燥、剥離 レチノイン酸 上皮細胞の過剰な分化

よくある質問

レチノール、レチナール、レチノイン酸のうち、どれを摂取すべきですか?

通常は「レチノール」または「β-カロテン(プロビタミンA)」を食品から摂取します。体内で必要に応じてレチナールやレチノイン酸に変換されます。レチノイン酸は医薬品(ニキビ治療薬など)としてのみ使用され、サプリメントとしては販売されていません。催奇形性があるためです。

なぜレチナールからレチノイン酸への変換は不可逆なのですか?

アルデヒド(-CHO)からカルボン酸(-COOH)への酸化は、熱力学的に非常に安定な方向で、逆反応はエネルギー的に不利です。この不可逆性により、レチノイン酸は一度生成されると、視覚に必要なレチナールには戻れず、遺伝子調節に専念するか、分解されるしかありません。これは、異なる役割を持つ形態を明確に分離する巧妙な仕組みです。

レチノイン酸クリームは安全ですか?

レチノイン酸(トレチノイン)を含む外用薬は、皮膚科でニキビやシワの治療に使用されますが、妊娠中は禁忌です。皮膚から吸収されたレチノイン酸が、胎児に影響を与える可能性があるためです。市販の「レチノール化粧品」は、レチノールを含み、皮膚で徐々にレチノイン酸に変換されるため、作用は穏やかですが、妊娠中は使用を控えることが推奨されます。

ビタミンAサプリメントとβ-カロテンサプリメント、どちらが良いですか?

一般的には、β-カロテンサプリメントの方が安全です。β-カロテンは体内で必要量だけビタミンAに変換されるため、過剰症のリスクがありません。ただし、喫煙者では高用量β-カロテン(20-30mg/日)が肺がんリスクを増加させる可能性があるため、注意が必要です。

レチナールは視覚以外に使われますか?

レチナールは主に視覚に特化していますが、網膜以外の組織では「レチノイン酸への前駆体」として存在します。つまり、レチノール→レチナール→レチノイン酸という変換経路の中間体です。ただし、レチナール自体が直接遺伝子調節などに関与することは、ほとんどありません。

まとめ

ビタミンAは体内でレチノール、レチナール、レチノイン酸の3つの形態として存在し、それぞれ異なる役割を担います。レチノールは肝臓の肝星細胞にレチニルエステルとして貯蔵され、RBPとTTRに結合して血液中を輸送され、STRA6受容体を介して組織細胞に供給される貯蔵・輸送型です。レチナールはRDH酵素によりレチノールから可逆的に生成され、網膜ではRPE65により11-cis型に異性化されてオプシンと結合しロドプシンを形成し、光により構造変化して視覚信号を生み出す視覚型です。レチノイン酸はRALDH酵素によりレチナールから不可逆的に生成され、核内受容体RARとRXRに結合してDNA上のRAREに作用し、上皮細胞の分化、胚発生の調節、免疫細胞の分化、骨代謝など数百の遺伝子発現を調節する遺伝子調節型です。

レチノールとレチナールは相互変換可能ですが、レチナールからレチノイン酸への変換は不可逆的で、レチノイン酸は自身がCYP26酵素を誘導して分解を促進するネガティブフィードバック機構を持ちます。ビタミンA欠乏ではレチナール不足による夜盲症、レチノイン酸不足による上皮細胞の角質化、免疫力低下、成長遅延が起こり、重症化すると眼球乾燥症から失明に至ります。過剰摂取では妊娠初期3-8週のレチノイン酸過剰が胎児の心臓・神経・顔面の奇形を引き起こし、長期的な高用量摂取(3,000μgRAE/日以上)が破骨細胞活性化により骨密度低下と骨折リスク増加をもたらします。妊婦の耐容上限量は2,700μgRAE/日で、鶏レバー100g(14,000μgRAE)は大幅に超えるため注意が必要です。β-カロテンは体内で必要量だけビタミンAに変換されるため過剰症のリスクがなく、妊娠中も安全な選択肢となります。

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参考文献

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  2. Blomhoff R, Blomhoff HK. Overview of retinoid metabolism and function. J Neurobiol, 2006
  3. Rhinn M, Dollé P. Retinoic acid signalling during development. Development, 2012
  4. Ross AC. Vitamin A and retinoic acid in T cell-related immunity. Am J Clin Nutr, 2012
水流琴音(つることね)

管理栄養士|分子栄養学と料理を理論から実践に落とし込んだおうちごはんが得意。栄養のいろはを詰めこんだ理系のごはん作りが好き。

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