前回の記事では、小腸の腸管細胞が鉄をどのように取り込むか、その分子メカニズムを詳しく見てきました。しかし、小腸で吸収された鉄が、最終的にどのようにして赤血球のヘモグロビンになり、全身に酸素を運ぶのでしょうか。今回は、「鉄の体内での旅」を追いかけて、吸収から利用までの全体像を解説します。
食事から摂取された鉄は、小腸で吸収されて血液中に入り、「トランスフェリン」というタンパク質に結合して全身を巡ります。骨髄に到達した鉄は、赤芽球(赤血球の前駆細胞)に取り込まれ、ヘモグロビンの合成に使われます。こうして作られた赤血球は、約120日間血液中で酸素を運び続け、寿命が尽きると脾臓や肝臓で分解されます。ここで回収された鉄の約90%は再利用され、新しい赤血球の材料になります。このサイクルが、私たちの体の中で毎日休むことなく繰り返されているのです。
この記事では、鉄が体内を巡る4つのステップ(吸収→運搬→利用→再利用)を詳しく追いかけ、それぞれの段階で働くタンパク質の役割、鉄代謝の調節メカニズム、そして鉄代謝の異常が引き起こす疾患について解説します。
鉄の体内での旅:4つのステップ
全体の流れ
鉄の体内での移動は、以下の4つのステップに分けることができます。
| ステップ | 場所 | 主要なタンパク質 | 所要時間 |
|---|---|---|---|
| ①吸収 | 小腸(十二指腸) | DMT1、フェロポルチン | 数時間 |
| ②運搬 | 血液中 | トランスフェリン | 数分〜数時間 |
| ③利用 | 骨髄、肝臓、筋肉 | トランスフェリン受容体、ヘモグロビン、ミオグロビン、フェリチン | 赤血球:120日、筋肉:数ヶ月〜数年 |
| ④再利用 | 脾臓、肝臓 | ヘモグロビン分解酵素、フェロポルチン | 継続的 |
健康な成人の体内には、約3-5gの鉄が存在します。このうち、毎日1-2mgが便や尿、皮膚の剥離、汗などで失われ、同量が食事から吸収されて補給されます。女性の場合は、月経による出血で毎月約30-50mg(1日あたり約1-1.7mg)が追加で失われるため、より多くの鉄を摂取する必要があります。
ステップ①:小腸での鉄吸収
吸収のプロセス(復習)
前回の記事で詳しく解説しましたが、簡単に復習しましょう。
- 非ヘム鉄:Dcytbで Fe³⁺ → Fe²⁺ に還元 → DMT1で細胞内に取り込み
- ヘム鉄:HCP1でヘム構造ごと取り込み → ヘムオキシゲナーゼで分解 → Fe²⁺
- 血液への放出:フェロポルチンで血液中に放出 → ヘファスチンで Fe²⁺ → Fe³⁺ に酸化
1日の鉄吸収量
健康な成人が1日に吸収する鉄の量は、以下の通りです。
| 性別・状態 | 1日の鉄吸収量 |
|---|---|
| 成人男性 | 1-2mg |
| 成人女性(月経あり) | 2-3mg |
| 妊婦 | 3-6mg |
| 鉄欠乏性貧血の人 | 3-5mg(吸収率が上昇) |
つまり、1日に必要な鉄は1-3mg程度ですが、吸収率が10-20%程度なので、食事から10-15mgの鉄を摂取する必要があります。
ステップ②:血液中での鉄の運搬
トランスフェリン:鉄の運搬車
小腸から血液中に放出された鉄(Fe³⁺)は、すぐに「トランスフェリン(Transferrin)」というタンパク質に結合します。トランスフェリンは、肝臓で合成される糖タンパク質で、1分子のトランスフェリンが2個のFe³⁺を結合できます。
トランスフェリンの役割:
- 鉄を全身に運ぶ:血液中を循環し、鉄を必要とする組織(骨髄、肝臓、筋肉など)に届けます
- 鉄を可溶化する:Fe³⁺は水に溶けにくいですが、トランスフェリンに結合することで、血液中に溶けた状態を保てます
- 鉄の毒性を防ぐ:遊離した鉄は、活性酸素を発生させて細胞を傷つけます。トランスフェリンに結合することで、鉄の毒性が抑えられます
- 細菌から鉄を守る:細菌は増殖に鉄を必要としますが、トランスフェリンに結合した鉄は細菌が利用できません
血清鉄とトランスフェリン飽和度
血液検査では、以下の指標で鉄の状態を評価します。
| 指標 | 正常値 | 意味 |
|---|---|---|
| 血清鉄(SI) | 男性:80-200μg/dL 女性:60-180μg/dL |
血液中の鉄の量 |
| 総鉄結合能(TIBC) | 250-400μg/dL | 血液中のトランスフェリンが結合できる鉄の最大量 |
| トランスフェリン飽和度(TSAT) | 20-50% | 血清鉄 ÷ TIBC × 100(トランスフェリンがどれだけ鉄で満たされているか) |
鉄欠乏性貧血:血清鉄↓、TIBC↑、TSAT↓(15%以下)
鉄過剰症:血清鉄↑、TIBC→、TSAT↑(60%以上)
炎症性貧血:血清鉄↓、TIBC↓、TSAT→ or ↓
トランスフェリンの半減期
血液中に放出された鉄は、数分以内にトランスフェリンに結合します。トランスフェリンに結合した鉄の血中半減期は約60-90分で、すぐに組織に取り込まれます。つまり、鉄は血液中に長く留まらず、速やかに利用されるのです。
ステップ③:組織での鉄の利用
トランスフェリン受容体による取り込み
トランスフェリンに結合した鉄を細胞が取り込むには、「トランスフェリン受容体(Transferrin receptor、TfR)」が必要です。トランスフェリン受容体は、細胞膜に存在する膜タンパク質で、特に赤芽球(赤血球の前駆細胞)に多く発現しています。
鉄取り込みのプロセス:
- トランスフェリン(鉄を2個結合)が、トランスフェリン受容体に結合します
- トランスフェリン-受容体複合体が、細胞内に取り込まれます(エンドサイトーシス)
- 細胞内でpHが低下し、鉄がトランスフェリンから解離します
- 鉄(Fe³⁺)は、STEAP3という還元酵素で Fe²⁺ に還元されます
- Fe²⁺は、DMT1を通って細胞質に放出されます
- 空のトランスフェリンと受容体は、細胞膜に戻り、再利用されます
このプロセスは「受容体介在性エンドサイトーシス」と呼ばれ、非常に効率的です。1つの赤芽球は、1日に約25万個のトランスフェリン受容体を持ち、約1時間で1000万個の鉄原子を取り込みます。
骨髄でのヘモグロビン合成
骨髄は、体内で最も多くの鉄を消費する場所で、1日に吸収される鉄の約80%(約20-25mg)が骨髄で使われます。骨髄では、赤芽球が成熟して赤血球になる過程で、大量のヘモグロビンが合成されます。
ヘモグロビンの構造:ヘモグロビンは、4つのヘム(鉄を含むポルフィリン環)と、4つのグロビン(タンパク質鎖)からできています。1つのヘモグロビン分子には、4個の鉄原子が含まれています。
ヘム合成の経路:
- ミトコンドリアで、グリシンとスクシニルCoAから「δ-アミノレブリン酸(ALA)」が合成されます
- 細胞質で、ALAがいくつかの段階を経て「プロトポルフィリンIX」になります
- ミトコンドリアに戻り、「フェロケラターゼ」という酵素が、Fe²⁺をプロトポルフィリンIXに挿入してヘムが完成します
- ヘムとグロビンが結合して、ヘモグロビンになります
1個の赤血球には、約2.8億個のヘモグロビン分子が含まれています。つまり、1個の赤血球を作るには、約11億個(2.8億 × 4)の鉄原子が必要です。
赤血球の産生量
健康な成人は、1日に約2000億個の赤血球を新たに作り出します。これは、1秒間に約200万個の赤血球が作られている計算になります。
計算してみましょう:
- 1日に作られる赤血球:2000億個
- 1個の赤血球に含まれる鉄:約11億個の鉄原子 = 約1 × 10⁻¹⁵ g
- 1日に必要な鉄:2000億 × 1 × 10⁻¹⁵ g = 約20mg
つまり、赤血球を作るだけで、1日に約20mgの鉄が必要です。しかし、このうち約18-19mgは、古い赤血球から回収された鉄で賄われ、新たに食事から吸収する必要があるのは1-2mg程度です。
その他の組織での鉄の利用
肝臓:肝臓は、体内で最大の「鉄の貯蔵庫」です。肝細胞は、トランスフェリン受容体を通じて鉄を取り込み、フェリチンに貯蔵します。肝臓に貯蔵された鉄は、約1gに達します。
筋肉:筋肉は、ミオグロビンというタンパク質に鉄を含んでいます。ミオグロビンは、ヘモグロビンと似た構造で、筋肉内で酸素を貯蔵・供給します。筋肉全体で約300mgの鉄を含んでいます。
その他の細胞:すべての細胞は、ミトコンドリアの電子伝達系、DNAの合成、抗酸化酵素などに鉄を必要とします。これらに使われる鉄は、体内の鉄の約1%(約30-50mg)です。
ステップ④:赤血球の分解と鉄の再利用
赤血球の寿命
赤血球の寿命は約120日(約4ヶ月)です。赤血球は核を持たないため、新しいタンパク質を合成できず、徐々に老化します。老化した赤血球は、以下のような変化が起こります。
- 細胞膜が硬くなり、変形能が低下する
- 表面にホスファチジルセリン(PS)が露出し、「食べてください」というサインになる
- 細胞内の酵素活性が低下する
マクロファージによる赤血球の貪食
老化した赤血球は、脾臓や肝臓、骨髄にいる「マクロファージ」という免疫細胞に認識され、貪食(食べられる)されます。マクロファージは、赤血球の表面に露出したホスファチジルセリンを認識して、選択的に老化赤血球を取り込みます。
健康な成人では、1日に約2000億個の赤血球が分解されます。これは、1日に作られる赤血球の数と同じで、体内の赤血球数は一定に保たれています。
ヘモグロビンの分解と鉄の回収
マクロファージの中で、赤血球が分解されると、以下のプロセスで鉄が回収されます。
- ヘモグロビンの分解:ヘモグロビンが、ヘムとグロビンに分解されます
- ヘムの分解:ヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)という酵素が、ヘムを分解します
反応:ヘム → Fe²⁺ + ビリベルジン + 一酸化炭素(CO) - ビリベルジンの代謝:ビリベルジンは、ビリベルジン還元酵素によってビリルビンに変換されます。ビリルビンは、肝臓に運ばれて胆汁中に排泄されます(これが黄疸の原因物質)
- 鉄の放出:回収されたFe²⁺は、マクロファージのフェロポルチンを通じて血液中に放出されます
- セルロプラスミンによる酸化:血液中に放出されたFe²⁺は、セルロプラスミン(銅を含む酵素)によってFe³⁺に酸化され、再びトランスフェリンに結合します
鉄の再利用率
赤血球から回収された鉄の約90%(約18-19mg/日)は、すぐに骨髄に運ばれて、新しい赤血球の合成に再利用されます。残りの約10%は、肝臓に貯蔵されます。
つまり、体内の鉄は非常に効率的にリサイクルされており、1日に新たに食事から吸収する必要がある鉄は、わずか1-2mg程度で済むのです。これは、体内の総鉄量(3-5g)の約0.03-0.07%に過ぎません。
鉄代謝の調節:ヘプシジンの役割(再考)
鉄代謝の全体像とヘプシジン
前回の記事で、ヘプシジンが腸管でのフェロポルチンを分解して鉄吸収を抑制することを学びました。しかし、ヘプシジンは腸管だけでなく、マクロファージや肝細胞のフェロポルチンも標的にします。
ヘプシジンが高いとき:
- 腸管からの鉄吸収が減少
- マクロファージから血液への鉄放出が減少(再利用が低下)
- 肝臓から血液への鉄放出が減少
- → 血清鉄が低下し、赤血球産生が低下する
ヘプシジンが低いとき:
- 腸管からの鉄吸収が増加
- マクロファージから血液への鉄放出が増加(再利用が促進)
- 肝臓から血液への鉄放出が増加
- → 血清鉄が上昇し、赤血球産生が促進される
エリスロポエチンとヘプシジンの相互作用
赤血球の産生は、「エリスロポエチン(EPO)」というホルモンによって調節されます。エリスロポエチンは、腎臓で産生され、低酸素状態(貧血、高地など)で分泌が増加します。
興味深いことに、エリスロポエチンはヘプシジンの産生を抑制します。つまり:
- 貧血や低酸素で、エリスロポエチンが増加
- エリスロポエチンが骨髄で赤血球産生を促進
- 同時に、エリスロポエチンがヘプシジンの産生を抑制
- ヘプシジンが減少すると、鉄の吸収と再利用が増加
- → 赤血球産生に必要な鉄が十分に供給される
この巧妙なフィードバックループにより、体は「赤血球をもっと作りたいときは、鉄もたくさん供給する」という調節を行っているのです。
鉄代謝の異常と疾患
鉄欠乏性貧血
鉄欠乏性貧血は、世界で最も多い栄養欠乏症で、全世界の約20億人が罹患していると推定されています。
原因:
- 鉄の摂取不足(偏食、ダイエット)
- 鉄の吸収不良(胃切除後、セリアック病、慢性下痢)
- 鉄の需要増加(妊娠、授乳、成長期、激しい運動)
- 鉄の喪失増加(月経過多、消化管出血、慢性出血)
進行段階:
- 鉄欠乏状態:貯蔵鉄(フェリチン)が減少するが、血清鉄は正常
- 鉄欠乏性赤血球生成:血清鉄が低下し、赤血球産生が影響を受けるが、まだ貧血ではない
- 鉄欠乏性貧血:ヘモグロビンが低下し、貧血になる
検査所見:
- ヘモグロビン↓(男性<13g/dL、女性<12g/dL)
- 血清鉄↓
- フェリチン↓(<15ng/mL)
- TIBC↑
- トランスフェリン飽和度↓(<15%)
- 赤血球が小さく色が薄い(小球性低色素性貧血)
炎症性貧血(慢性疾患に伴う貧血)
炎症性貧血は、慢性炎症性疾患(関節リウマチ、炎症性腸疾患、がん、慢性感染症など)で起こる貧血です。
メカニズム:
- 炎症性サイトカイン(IL-6など)が、肝臓でヘプシジンの産生を増加させる
- ヘプシジンが、腸管とマクロファージのフェロポルチンを分解する
- 鉄の吸収と再利用が低下し、血清鉄が減少する
- 骨髄に鉄が届かず、赤血球産生が低下する
- 同時に、炎症が赤血球の寿命を短縮させる
検査所見:
- ヘモグロビン↓(軽度〜中等度)
- 血清鉄↓
- フェリチン→ or ↑(体内に鉄はあるが、利用できない)
- TIBC↓
- トランスフェリン飽和度→ or ↓
つまり、体内には鉄が十分にあるのに、炎症のせいで利用できない状態です。この貧血は、鉄剤だけでは改善せず、基礎疾患(炎症)の治療が必要です。
鉄過剰症(ヘモクロマトーシス)
鉄過剰症は、体内に過剰な鉄が蓄積し、臓器障害を引き起こす病気です。
原因:
- 遺伝性ヘモクロマトーシス:HFE遺伝子の変異により、ヘプシジンが十分に産生されない。鉄の吸収が過剰になる
- 続発性鉄過剰症:頻回の輸血、鉄剤の過剰投与、溶血性貧血
症状:
- 肝臓:肝硬変、肝がん
- 心臓:心筋症、不整脈
- 膵臓:糖尿病(「青銅色糖尿病」と呼ばれる)
- 皮膚:色素沈着(青銅色、灰色)
- 関節:関節痛
検査所見:
- 血清鉄↑
- フェリチン↑↑(>1000ng/mL)
- トランスフェリン飽和度↑↑(>60%)
治療:定期的な瀉血(血を抜くこと)により、過剰な鉄を除去します。
鉄代謝を最適化する生活習慣
食事の工夫
- ヘム鉄と非ヘム鉄をバランスよく摂る:肉・魚(ヘム鉄)と野菜・豆類(非ヘム鉄)を組み合わせる
- ビタミンCを一緒に摂る:非ヘム鉄の吸収を3-4倍に高める
- 葉酸とビタミンB12も摂る:赤血球の産生に必要。葉酸は緑黄色野菜、B12は肉・魚・卵・乳製品に豊富
- タンパク質を十分に摂る:ヘモグロビン(グロビン)の材料になる
- 銅も摂る:セルロプラスミンの構成成分。ナッツ、レバー、カカオに豊富
定期的な血液検査
特に以下の人は、定期的に血液検査を受けて、鉄の状態をチェックしましょう。
- 月経のある女性
- 妊婦・授乳婦
- 成長期の子供
- 激しい運動をする人(アスリート)
- ベジタリアン・ヴィーガン
- 慢性疾患のある人
- 過去に貧血と診断されたことがある人
適度な運動
適度な有酸素運動は、エリスロポエチンの分泌を促進し、赤血球産生を高めます。ただし、激しすぎる運動は、赤血球の破壊(溶血)や、消化管出血、汗からの鉄損失を増やすため、注意が必要です。
献血と鉄代謝
献血(全血400ml)では、約200mgの鉄が失われます。これは、成人男性の貯蔵鉄の約20%、成人女性では約30-40%に相当します。献血後、鉄を回復するには約1-2ヶ月かかります。
頻繁に献血する人は、鉄不足になりやすいため、鉄分の豊富な食事を心がけましょう。
よくある質問
赤血球の寿命が120日なのはなぜですか?
赤血球は核を持たないため、DNAがなく、新しいタンパク質を合成できません。そのため、細胞膜や酵素が徐々に損傷し、約120日で機能を失います。核を持たないのは、ヘモグロビンをより多く詰め込んで、効率的に酸素を運ぶためです。つまり、赤血球は「酸素を運ぶ」という特化した機能のために、長寿命を犠牲にしているのです。
鉄が不足しているのに、フェリチンが高いことはありますか?
はい、炎症性貧血ではそのようなことが起こります。フェリチンは、鉄の貯蔵量を反映するだけでなく、「急性期反応タンパク質」でもあります。つまり、炎症があると、鉄の有無に関わらずフェリチンが上昇します。そのため、炎症がある人では、フェリチンだけでは鉄の状態を正確に評価できません。血清鉄、TIBC、トランスフェリン飽和度も併せて評価する必要があります。
鉄剤を飲んでも貧血が改善しないのはなぜですか?
以下のような原因が考えられます:①炎症性貧血:ヘプシジンが高く、鉄を吸収・利用できない、②継続的な出血:消化管出血、月経過多など、③鉄以外の原因:ビタミンB12欠乏、葉酸欠乏、腎性貧血など、④吸収不良:胃切除後、セリアック病、制酸剤の使用、⑤鉄剤の服用方法が不適切:食後すぐに飲んでいる、お茶と一緒に飲んでいるなど。医師に相談して、原因を特定しましょう。
鉄過剰症は食事だけで起こりますか?
いいえ、通常の食事だけで鉄過剰症になることは稀です。健康な人では、ヘプシジンが鉄の吸収を厳密に調節しているため、食事から過剰に吸収されることはありません。鉄過剰症の多くは、遺伝性ヘモクロマトーシス(ヘプシジン調節の異常)、頻回の輸血、鉄剤の過剰投与が原因です。ただし、鉄鍋で調理した酸性の食品(トマトソースなど)を毎日大量に食べ続けると、理論的には鉄過剰になる可能性はあります。
鉄を効率よく吸収するには、朝・昼・夜のいつがいいですか?
鉄の吸収に最も適した時間帯は、「空腹時」です。特に朝食前や就寝前が推奨されます。ただし、胃腸障害(吐き気、腹痛)が起こる場合は、食後に摂っても構いません。吸収率は多少下がりますが、継続して摂取することの方が重要です。また、1日の摂取量を2-3回に分けると、吸収率が高まります。
まとめ
食事から摂取された鉄は、小腸で吸収されて血液中に入り、トランスフェリンに結合して全身を巡ります。骨髄に到達した鉄は、赤芽球のトランスフェリン受容体によって取り込まれ、ミトコンドリアでヘム合成に使われ、グロビンと結合してヘモグロビンになります。1日に約2000億個の赤血球が新たに作られ、それには約20mgの鉄が必要ですが、そのうち約18-19mgは古い赤血球から回収された鉄で賄われます。赤血球の寿命は約120日で、老化した赤血球は脾臓や肝臓のマクロファージに貪食され、ヘムオキシゲナーゼによってヘムが分解されて鉄が回収されます。
この全過程は肝臓で産生されるヘプシジンによって調節され、体内の鉄が十分なときはヘプシジンが増加してフェロポルチンを分解し、腸管からの吸収とマクロファージからの放出を抑制します。逆に鉄が不足するとヘプシジンが減少し、エリスロポエチンが増加して赤血球産生を促進すると同時に鉄の供給も増加させます。鉄欠乏性貧血は摂取不足や吸収不良、喪失増加で起こり、炎症性貧血は慢性炎症によるヘプシジン過剰で体内に鉄があっても利用できない状態です。鉄過剰症は遺伝性ヘモクロマトーシスや頻回輸血で起こり、臓器障害を引き起こします。鉄代謝を最適化するには、ヘム鉄と非ヘム鉄をバランスよく摂取し、ビタミンC、葉酸、ビタミンB12、銅も十分に摂り、定期的な血液検査で鉄の状態をチェックすることが重要です。
次に読むと理解が深まる記事
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- 細胞とエネルギー代謝 – ミトコンドリアでのヘム合成とエネルギー産生
- 消化と吸収の仕組み – 小腸での栄養素吸収の全体像
- 鉄が体に吸収されるしくみ|ヘム鉄と非ヘム鉄の違い – 鉄の基本知識
- 小腸での鉄吸収メカニズム|腸管細胞が鉄を取り込むしくみ – 鉄吸収にフォーカス
参考文献
- 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2025年版)
- Andrews NC. Forging a field: the golden age of iron biology. Blood, 2008
- Ganz T, Nemeth E. Iron homeostasis in host defence and inflammation. Nat Rev Immunol, 2015
- Muckenthaler MU, et al. A Red Carpet for Iron Metabolism. Cell, 2017
